【特集】街路樹〝受難〟の時代 「酷暑に緑陰」の危機

台風で倒れた街路樹の脇を通り出勤する人たち=2018年9月5日午前、大阪市中央区

 9月4日に台風21号が近畿地方を直撃してまもなく1カ月。被害は大阪市だけで、街路樹の倒木が約1700本、公園などを含めれば計8400本に及んだ。ほとんどは大木だ。市内の街路樹は約16万4千本で、被害を受けたのは約1%にあたる。倒木の下敷きなどで命を落とした人がいなかったことは不幸中の幸いだったが、大木は倒木のリスクに加え、街路樹としての〝寿命〟を迎えている。市民に憩いを与えてきた大木は、消えゆく運命なのか。(共同通信=大阪社会部・真下周)

 今年の夏は記録的な豪雨の後、連日35度を超す酷暑が続いた。そんな炎天下で〝緑陰〟を提供してくれたのが街路樹だ。信号待ちの間にも目がくらみ、ぶっ倒れてしまいそうな灼熱地獄で、大木の木陰は、一服の涼どころか、命綱とも言える存在だった。

 だが街路樹は、盛んに植えられた高度成長時代から半世紀が過ぎ、全国的に更新の時期を迎えている。大木は災害時の倒木のリスクも指摘されるほか、信号や歩道の障害として時には厄介者扱いされてきた。手入れのコストなどからも、低木の植樹が好まれるご時世で、大木は受難の時代を迎えていると言える。

 ▽倒木は撤去

折れた街路樹=2018年9月5日午前、大阪市

 「原生林みたいだわ」。台風一過の靱公園(うつぼこうえん、大阪市西区)の惨状を目の当たりにして、思わずこう表現した女性がいた。直径40~50センチはある、仰ぎ見るヒマラヤスギなどの針葉樹の大木が根元からバタバタとなぎ倒され、生傷のように裂けた枝々が痛々しい。公園内などで通行の妨げにならないような場所では、現在も倒木を放置していたり、切断して丸太のかたまりにしたり。そんな光景があちらこちらで見られる。
 根っこから倒れた木で、枯れずに緑を維持している個体も多い。根の一部がまだ土に踏ん張っているのだろう。そんな時、植物にも生きる執念のようなものを垣間見る。

 市内で幼児2人を育てる主婦(35)は、横倒しになった大木の行く末がどうなるのか、ずっと気になっていた。だが大阪市は大木の場合、倒れたり傾斜したりしたら撤去する方針だ。担当者は「直径20センチぐらいなら2、3人で垂直に戻すことができるが、大木は重機を使わざるをえなくなる」からという。重機を入れるスペースが確保できず、コストとの兼ね合いもある。主婦は「木は大きく育つのに何年もかかる。一律に撤去してしまうのはもったいない」と訴える。だが市によると、「早く撤去してほしい」との声が大半を占める。今後、倒木の危険がある大木のさらなる伐採もありえる状況という。

 ▽過酷な都市環境

 街路樹が盛んに植えられるのは1960年代になってからだ。舗装された道路が整備されるのに伴い、排出ガスへの環境対策や景観の美化を目的に植えられた。火災発生時に延焼を防ぐ役割も期待された。ヒートアイランド現象の緩和にも一役買っている。

 当初は緑の量的拡充が求められ、成長が早くて、上へ上へと枝葉を伸ばすポプラやプラタナスなどの樹種が選ばれた。だが樹勢がよいと、制約の多い道路環境ではさまざまな問題が生じる。信号や標識が枝葉で隠れてしまい、落ち葉の掃除に手間がかかってしまう。成長しすぎると、剪定の作業車が届かなくなる。高圧電線に接触すれば、広域で停電が起きる恐れが出るし、根の隆起で舗装した歩道が浮き上がったり、割れたりすれば、高齢者の歩行や自転車の通行に危険も生じる。

 実際、大阪市のある公園事務所には、警察から「伸びた枝葉で信号が隠れて見えない」と対応を求められることが日常茶飯事。普段の剪定作業を止めてそちらの対応を優先せざるを得ないような状況なのだという。

 街路樹は国交省の管轄で、道路の付属物という扱いだ。自然な枝の張り出しは制限され、都市では植樹の枡も小さいため、根が十分に張れない。水道管などの地下の埋設物も障壁だ。幹が空洞化したり、根腐れが起きたりして、樹齢のわりに老朽化が早く進むため、すでに各地で大木が倒れる事故も相次ぐ。

 ▽撤去の張り紙

街路樹の張り紙

 「お知らせ この木は、道路を通行する人や車の安全面に影響を与えていることから、撤去を予定しています。新しく樹木の植栽はおこないません」。8月末、記者の生活圏にある大阪市阿倍野区の歩道脇の街路樹に紙が貼られていた。木はすでに上部を切断され、あられもない姿をさらしていた。切断の理由は詳しく書かれず、新たな植え直しはしないと判断した根拠も触れていない。

 これに先立つ7月、大阪市はホームページで、本年度から3カ年で「将来的に市民生活に支障となる恐れがある」約9千本を撤去する方針を告知した。大々的かつ計画的な街路樹の撤去と更新は初めてという。市の長居公園事務所に勤める高橋隆二担当係長は「この10年で街路樹の老朽化はかなり問題になっていた。下水管や水道管のインフラと同じだ」と話す。

 伐採する9千本のうち、新しく植え直すのは6割にとどまる。緑化課によると、街路樹の管理規則に合わなくなり、土地活用の状況が変わるなどして十分な植樹スペースが確保できなくなったケースでは、新たな植樹はしないという。
 初年度の撤去の対象は4千本で、予算は約7億5千万円。植え直しの場合でも、樹種は成人の膝丈ほどのヒラドツツジやシャリンバイ、成長が緩やかでコンパクトにまとまりやすいタブノキやシラカシのような照葉樹が好まれる。キンモクセイのような中木も多いが、こうした樹種で十分な木陰を提供できるようになるか心もとない。**

 ▽複雑な思い

 市屈指の閑静な住宅街、帝塚山地区(大阪市住吉区)を横切るS字形の幹線道路では昨夏、市が街路樹の高木を一斉に撤去した。虫食いが発生し、樹形が悪いことなどが理由だ。伐採前、近隣住民から抗議の電話も相次いだという。9月中旬、酷暑は過ぎ去っていたが、それでも日中30度近くまで気温が上がる。数百メートルにわたりほぼ低木だけの歩道で、日差しを遮るものがないのはつらい。

 近くに住む保育補助の女性(54)は「何の説明もなく伐採されて、ほどよい木陰がなくなり、残念な思いをしている」と話す。一方で「今年はすごい台風が来て、結果的には切っていてよかったのかも」と複雑な思いものぞかせた。毎日、付近を散歩する住之江区の無職男性(72)は「緑はあればあるほどいいが、古くなると腐植したりするから、切るのは仕方がない」と気に留めていない。

街路樹の剪定をする作業員=2017年7月、東京・丸の内

 ▽一杯の水を

 将来、街路樹をどうしていくべきなのか。私たちの生活環境と密接にかかわる問題だが、普段は「なんとなくそばにある存在。でも、なくなると困るかな」といった程度の関わりなのかもしれない。だが次の50年に向けて市民が問題を共有し、ビジョンを構築していく必要があるだろう。異常気象はこれから先も続くと見込まれている。強風などの条件に強く、かつ夏場に適度な木陰を提供してくれる街路樹の景観をどうやってはぐくめばいいか、考えたい。

  取材の中で印象的な指摘を受けた。手押し車で買い物帰りだった無職女性(75)は「昔は朝夕、家の前の歩道をきれいに掃除したり、街路樹に水をあげたりする人が多かった。今の人は気持ちの余裕がないのかな。それとも公共物と私物をはっきりと区別する人が多いのかも」と話した。

 大阪市はホームページ上で「『一杯の水』を街路樹に」と市民に呼びかけている。今年の夏は7月の豪雨後の酷暑と渇水で街は干上がりそうだった。街路樹も枯死寸前。市が緊急的に散水する予算を検討せざるをえない事態も起きていた。
 呼びかけ文には「大阪はとりわけ暑さの厳しいまち。ご家庭や会社の近くの街路樹に、バケツ一杯の水をあげていただけませんか?まちのあちこちに一層美しい木陰が見られるように、市民の皆さんの深いご理解とご協力を」と書いてある。実は裏返せば、こうした呼びかけが必要なほどに、私たちの無関心は広がっているのかもしれない。

 目の前の1本はいつ植えられ、どのようにして今の姿になったか―。通勤、通学途中にでも一度、視界に入る街路樹の木々のヒストリーに思いをはせてみてはいかがか。

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