【平成の長崎】米兵が女性を襲撃 起訴前に身柄引き渡し 平成8(1996)年

 1996(平成8)年7月16日未明。長崎県佐世保市中心部の駐車場で、米兵=当時(20)=が帰宅途中の女性=当時(20)=の喉元を鋭利な刃物で切り付け、現金約1万3千円が入ったバッグを奪い逃走した。女性は全治約1カ月の重傷を負った。
 佐世保署は強盗致傷容疑事件として捜査。「外国人の若い男だった」という被害者の証言を受け、同署と米海軍佐世保基地は発生直後から基地ゲートで検問を実施。服に血が付いていた米兵が容疑者に浮上した。
 前年の95年9月、沖縄で米兵3人が少女を暴行する事件が起きた。しかし、日米地位協定が“壁”となり、沖縄県警は容疑者を逮捕できず、協定見直しを求める声が噴出した。
 世論に押されるように日米両国は地位協定の運用見直しを進め10月、凶悪犯罪で日本側の要請があれば「(米国側が)好意的考慮を払う」ことで合意した。それからわずか9カ月。佐世保の事件は、起訴前の身柄引き渡しが実現するのかが焦点となった。
 捜査に当たった元警察官の男性は「署の周りを報道陣が連日取り囲み、全国の注目を集めているという『重み』は感じていた」と振り返る。署には県警幹部が駆け付け、緊張感が張り詰め、捜査員の士気は高まった。男性は「立件するため、自分にできることを普段と同じように慎重にかつ、淡々と捜査するという気持ちで臨んだ」と話す。
 18日までに米ミサイル・フリゲート艦の乗組員が佐世保署の事情聴取に犯行を自供し、同署は強盗殺人未遂容疑で逮捕状を取った。日米両国も動いた。19日には日米合同委員会が開かれ、日本側は米兵の引き渡しを正式に要請。米側は同意した。
 これを受け、事件発生から4日後の20日午前9時15分ごろ。署員数十人が厳戒態勢を敷く中、佐世保署の玄関前に米海軍佐世保基地のワゴン車が到着。米兵の身柄は日本側に引き渡され、佐世保署が逮捕した。全国で初めて日米地位協定の見直しが適用された歴史的瞬間だった。
 その後、米兵は強盗殺人未遂の罪で起訴され、事件から約5カ月後の12月、懲役13年の実刑判決が確定した。
 元警察官の男性は「罪が確定した時点でようやく、ほっとした」と振り返る。時がたつにつれ、事件が米国軍人による日本国内の犯罪捜査に大きな一石を投じた実感が湧いてきたという。(平成30年10月12日付長崎新聞より)
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【平成の長崎】は長崎県内の平成30年間を写真で振り返る特別企画です。

日本側に身柄引き渡しのため佐世保署に移送された米兵(後方右)=1996年7月20日

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