ある日を境に価値観が180度ひっくり返る―。そんなことはまず起こらないものだ。だが、めったにない貴重な瞬間がまさに今、日本サッカーに訪れているのかも知れない。
森保一を新監督に迎えた日本代表。その第3戦、10月16日に埼玉スタジアムで行われたウルグアイ戦を、多くの人が驚きをもって観戦したのではないだろうか。そして、90分後に「このチームはどこまで進化するのだろうか」と大きな期待感を膨らませたのは、自分だけではないだろう。
10月シリーズの第1戦目となった12日のパナマ戦は3―0の快勝だった。パナマは今年開催されたワールドカップ(W杯)ロシア大会に出場している。その国を一蹴したのだから価値はもちろん高い。しかし、パナマは地球の反対側から来たばかり。コンディションが整うはずもない。だからこそ、韓国戦を経て日本と相対するウルグアイは違った。時差ボケも解消されており、本来の実力を十分に発揮できるはず。さらに、中心メンバーは日本と同じ欧州から来ていることもあり、同等の条件下でチームの実力を判断できる試合だった。
主力はベスト8入りしたロシア大会とほぼ同じウルグアイは、試合開始から本気で勝負をかけてきた。GK東口順昭へのバックパスに対しても、カバーニをはじめとする前線の選手が素早いスプリントでプレスを掛ける。その南米の強豪を、生まれ変わった日本代表がきりきり舞いさせるのだから、何とも痛快だった。
35年以上、日本代表を取材しているが、このようなチームは見たことがない。これまでとはまったくタイプが異なるのだ。失礼を承知で言えば、ロシアを戦ったチームが「前時代的」と感じる。それほどまでに、攻撃的で革新的なチームが誕生しつつある。
厚みのある、迫力ある攻撃の原動力となっているのは、1トップの大迫勇也の1列後ろに並ぶフレッシュなアタッカー陣だ。右から堂安律、南野拓実、中島翔哉と並ぶ3人は、昨シーズンそれぞれオランダ、オーストリア、ポルトガルのリーグで9点、7点、10点のゴールを挙げている。そして南野に限ればその前の2シーズンは、11点、10点と連続して2桁得点を記録している。欧州の超一流リーグではないにしても、ここまでコンスタントに点を取るというのは簡単ではないだろう。
この3人に共通する強みは、シュートコースが消されているにもかかわらず、自らボールを動かしてコースを作り、そしてシュートを打ち抜けるということだ。得点感覚に優れ、シュート力のある選手がピッチの各方向にいれば、相手は守備の的を絞り切れなくなる。
ピッチで発揮する技術も、より実戦で効果を上げるものが多い。典型的なのは前半10分の南野の先制点となる一連のプレーだ。この場面でラストパスを送った中島と、点を決めた南野は、日本のサッカー技術本に載っていない種類のサイドキックを使っている。
キックのなかで、サイドキックは最も正確にパスを蹴ることができる。ただし、教本通りに体を開いた体勢では強いボールを蹴ることは難しい。当然、距離もでないし、体の向きで相手に方向を悟られる。しかし、2人はともに蹴る方向が予想されにくく、強いボールを蹴られるキックを使っている。
左サイドで中島がボールを持ったとき、体はゴール中央に向いていた。ここから中島はヘソを中心に体をひねるようにして右足でサイドキックを行っている。軸足のつま先と顔の向きとは違う、より左方向にボールを送るキックだ。これだと相手にコースを読まれず、ボールスピードもある。南野に入ったやや右方向の縦パスは、15メートル弱の距離があった。それでもボールスピードがあったため、DF6人の間を通ったといえる。このサイドキックは、現役時代の“ペップ”グラウディオラが得意としたキックだ。
南野もシュートの場面で同じキックを使った。今度はコースを読ませないためだ。ドリブルで右にボールを持ち出すのに釣られ、GKムスレラは南野から見て右に動いた。その重心の逆を取り、体をひねって逆コースへのシュート。実戦では何が有効かを常に感じ、考えているからこそ、このキックを選択できたのだろう。
後半21分に堂安が放ったシュートを、GKが弾いたボールを南野が押し込んだ日本の4点目はともにインステップキックのシュートだった。しかし、基本的に中島も含め2列目の3人はシュートをインサイドとインフロントの中間ぐらいのキックで放つ。だから正確性も高い。この試合で堂安は2本、南野は3本、中島は4本のシュートを放っているが、そのすべてがゴール枠をとらえている。
新たなレベルへの到達の可能性を、大いに抱かせる新生日本の攻撃陣。その期待の大きさは新キャプテン吉田麻也のこの言葉に集約されるだろう。
「3失点をしてしまっているのでDFとしては複雑ですが、正直ものすごい試合をしたんじゃないかと思っています。本来ならここで満足せずに、といいたいですけど、僕もびっくりするぐらい前線が点を取ってくれた。正直驚いています」
これまで日本サッカーが、知らなかった世界の扉が開かれたのだろうか。
岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。