「サッカーコラム」“本家”イニエスタの前で見せた破壊力 すごみ増すJ1川崎版「チキタカ」

川崎―神戸 後半、4点目のゴールを決め、喜ぶ川崎・大島(10)=等々力

 スタジアムに向かう途中で、激しい雨が急に降り出した。秋の深まりとともに寒さが増してくる中、“ぬれねずみ”のままナイターを観戦するのはさすがにきつかった。それでも、試合が終わった後の心は温かい。J1川崎のホーム・等々力競技場で自チームの痛快な逆転劇を目にした人は、特にそう思ったのではないだろうか。

 川崎と神戸が対戦した10月20日のJ1第30節。2節前に首位に立った川崎に対し、神戸は中団の11位にとどまっている。とはいえ、残り5試合で自動降格の17位との勝ち点差は7。まれに見る混戦となっている今シーズンは、中団に位置しているチームであって一つ歯車が狂えば残留争いに巻き込まれる恐れがある。その意味で、連覇を狙う川崎はもちろんだが、神戸にとっても重要な試合だった。

 加えて、多くの人の関心はここにあっただろう。スペインの名門・バルセロナが始めたとされる「チキタカ」。この細かいパスをつなぐサッカーを日本で体現する川崎に、バルセロナで長く中心選手だったイニエスタがどのような反応を示すのか。対戦前から楽しみなカードだった。

 キックオフ直後から激しく試合が動く内容だった。13分に川崎の登里享平が得たPKを小林悠が決めて先制したが、2分後に神戸はオウンゴールで同点とする。一方の神戸も負けていない。目も覚めるような美しい長距離砲を2連発して追いつく。

 「ボールが来たときはもうシュートの意識しかなく、パスは考えていなかった」

 前半28分、左サイドのポドルスキが出した横パスを受けた古橋亨梧に迷いはなかった。ペナルティーエリア外でゴールに背を向け左足でトラップすると、反転しながら右側に持ち出して右足を一閃(いっせん)。インに掛けられたボールは、DF谷口彰悟がシュートコースを切っていたにもかかわらず、見事な「巻き」の軌跡を描き23メート先のゴールに突き刺さった。

 この一撃に触発されたわけではないだろうが、35分の三田啓貴のロングシュートも見事だった。右サイドでポドルスキのサイドチェンジを受けると、川崎のDFが寄せてこないと見るや、ペナルティーエリア右角から左足のコントロールシュート。ボールは見事な弧を描き、ダイブしたGKチョン・ソンリョンの手を逃れるようにゴール右隅に飛び込んだ。

 前半に早い段階で背負うこととなった2点のビハインド。1―3とされた川崎にすればリーグ連覇を狙うには落とせない試合だった。2位の広島は昼の試合で負けていたので、勝ち点で差をつけるチャンスだったからだ。大島僚太も「広島を意識しなといっても、結果は耳に入っていた」と語っていた。それが影響したかは分からないが、前半の川崎は王者としての「らしさ」を欠いたのは事実だった。

 先制しながらも3連続失点を喫した前半。そのなかで2―3とできたことが後半につながった。齋藤学も「前半のうちにアキさん(家長昭博)がゴールを決めてくれて1点差にしてくれたことが大きかった」とコメントしたように、前半43分の2点目のゴールが川崎の反撃のスイッチとなった。

 後半に入ると川崎流の「チキタカ」は確実に相手の体力をそぎ取っていった。試合後、神戸のリージョ監督は「体力的にどうマネジメントしていくかという部分で非常に難しかった」と語ったが、自らの目指すサッカーを川崎に演じられ、疲弊していった。そのような状況から、川崎はチャンピオンチームとしての底力を発揮する。満員のスタンドを立て続けに沸かせるゴールショーだ。

 横浜Mから移籍後、いまだリーグでノーゴール。「ラストチャンスだと思って試合に臨んだ」という齋藤が、後半20分に歓喜の雄たけびを挙げた。初ゴールは「ハマメッシ」と呼ばれた男らしく得意のドリブルからだった。左サイドで中央の家長からのパスを受けると、自ら仕掛けて左足のシュート。ボールはタックルに入ったDF藤谷壮の股の間を抜けゴール右隅に突き刺さった。

 さらに24分には、大島がゴール前の密集地帯で妙技を見せる。小林をポストとしたダイレクトパスからの突破で、勝ち越しとなる4点目を左足で挙げた。映像で確認するとシュートまでに21本ものパスがつながっている。まさにこの得点は芸術レベルといえた。

 後半31分にとどめとなる5点目を挙げたのは、超攻撃的な右サイドバックのエウシーニョだ。代名詞の攻撃参加から見事な切り返しを見せ、左足でこの日のゴールショーを締めくくった。

 試合中も激しく降っていた雨は、気が付くと終了時にはやんでいた。それにしても両チームともに美しいゴールが多く、純粋にサッカーとして楽しいゲームだった。同時に、個人的にはちょっと笑ってしまった。1―3の試合が5―3に引っ繰り返ったのだ。まさにこれは、日本独特の「2点差が一番危ない」という理論が証明された試合だ。都市伝説と思われていたものは、Jリーグには現実に存在したのだ。これには、さすがのイニエスタも驚いたに違いない。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

© 一般社団法人共同通信社