『地球星人』村田沙耶香著 価値観の反転、意識の解放

 村田沙耶香は、女性であることの生きづらさを書いてきた作家だ。世界への強烈な違和感を抱えた主人公の葛藤と、そこからの解放や突破を描いてきた。

 とりわけ近年の『殺人出産』や『消滅世界』はぶっ飛んでいて爽快ですらあった。そして2016年に芥川賞を受けた『コンビニ人間』が大ベストセラーになる。メジャーになった作家がどこへ向かうのか。期待と不安を感じながら『地球星人』を手に取った。

 結論から言おう。村田はさらにパワーアップした。本書は平成の“怪物作家”が放つ衝撃作である。

 主人公の奈月は小5。夏休みに父親の実家、長野・秋級に家族で向かう。その冒頭場面で「私は魔法少女だ」と読者に明かす。リュックの中には魔法のステッキと変身コンパクト、そして縫いぐるみのピュート。ポハピピンポボピア星から来ているピュートから奈月は魔法を習い、魔法少女として地球を守っている。同い年のいとこの由宇は「恋人」だが、実は彼は宇宙人らしい。

 こうして空想好きな少女の日々が語られていくのだが、徐々に不穏な影が交じる。ヒステリーを起こした姉をかばう母親は、奈月に冷たい。姉の具合が悪くなったことで予定より早く帰ることになり、別れを惜しむ奈月と由宇はひそかに結婚式を挙げる。2人の誓いの一つは「なにがあってもいきのびること」。そして奈月は千葉のニュータウンに帰る。

「私は、人間を作る工場の中で暮らしている。私が住む街には、ぎっしりと人間の巣が並んでいる」。奈月の目に世界はそう映る。「巣」で生み育てられた子供が「出荷」されて世界の「道具」になる。

「私はこの街で、二種類の意味で道具だ。一つは、お勉強を頑張って、働く道具になること。一つは、女の子を頑張って、この街のための生殖器になること。私は多分、どちらの意味でも落ちこぼれなのだと思う」

 そう語る奈月は親から虐待され、塾の教師からは性的な暴力を受けている。意味がわからないまま大人に支配され、ひどい目に遭い続けているのだ。

 現実から逃避するために「魔法」がある。唯一の希望は由宇との再会だ。しかしある騒動をきっかけに、2人は引き離されてしまう。

 大人になった奈月は「世界」の「道具」としてうまく機能できていない。だが「性行為なし」の契約で結婚した智臣との生活はある意味、快適だった。

 しかし「工場」の住人たちが干渉し、攻撃を仕掛けてくる。「子供を作れ。関係が持てないなら夫婦関係は解消しろ。異常だ、お前たちは」「子供を作って、まっとうな人生を歩まないとだめよ」

 やがて奈月と智臣は自分たちが宇宙人であると気付く。そして「地球星人」を真似するのではなく、自分たちの価値観で生き延びようと決意する。由宇も巻き込み、3人の宇宙人の闘いが始まる―。

 前半を読んでいる間中、自分の少女時代がよみがえってきて、つらかった。大人への階段を上る途中で身も心もぎしぎしと軋み、痛みを感じる。強者・多数者による支配と性的な視線、そして肥大化した自意識。その中で、のたうち回る。

 しかし異星人の目を持つ村田は、価値観を反転して見せてくれる。本書は読者を解放し、意識を変革する。

 地球星人が悲鳴を上げ、吐くようなグロテスクな最終場面に少しでもカタルシスを感じるとしたら、あなたもまた、ポハピピンポボピア星人なのかもしれない。 

(新潮社 1600円+税)=田村文

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