人形師が途絶えた三国祭を救った大学院生

 父の死で知ったもの 「継ぐということ」(2)

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父の後を継ぎ人形師となった岩堀雄樹さん。作業場で来年の三国祭に向けた武者人形作りを進めている=福井県坂井市

 「エーイヤッ」。子どもたちのおはやしが響く。港町の細い路地を、6メートルを超える高さの武者人形を載せた山車(やま)が進む。かつて北前船の寄港地として栄えた福井県坂井市で、江戸時代から続く三国祭(みくにまつり)の山車巡行だ。

 人形を作るのは4代目人形師の岩堀雄樹(いわほり・ゆうき)さん(29)。大学院博士課程で数学の研究をしつつ、父の後を継ぎ今年で6年目になる。

「三国祭」で神社に集結した巨大な武者人形を載せた山車

父の死、でも祭りは待ってくれない

 270年以上の歴史を誇る三国祭は、毎年5月19~21日に開かれ、約18万人の観客を集める。北前船で稼いだ豪商が、自らの富を誇るように毎年新しく作った大きな人形を載せ、山車を出した。最盛期には12メートルほどの人形もあったという。

 戦後、市内に電線が張られ、人形は少し小さくなった。それでも、T字型の竹棒を手にした「電線マン」が人形の脇から器用に電線を持ち上げ、山車が進む様子は圧巻だ。

今年の三国祭で岩堀さんが作った毛利元就の人形。手前には「電線マン」

 人形師は高齢化で減り、「三国祭保存振興会」などを除くと、1960年代以降、家業として人形を作ってきたのは岩堀家だけだ。2012年6月に3代目で岩堀さんの父耕治(こうじ)さん=当時(56)=ががんで亡くなると、人形師はいなくなった。

 当時岩堀さんは金沢大大学院の修士課程で数学を研究する大学院生。人形師になろうと考えたことはなかった。

 しかし、注文は待ってくれない。父が人形作りを請け負っていた県内の別の祭りが翌月に迫っていた。完成まであと少しの人形を前に、葬儀の翌日には親戚らも協力して人形を準備した。

 その後もすぐに翌年の三国祭の依頼が注文が入り、やらざるを得ない状況が続いた。大学1年生の弟には頼めず「とりあえず」岩堀さんが作ることにした。

 ただ、教授職を視野に入れ、博士課程に進学しようと考えていた時期で、修士論文の執筆期間とも重なってしまった。地元と金沢の約80キロを往復しながらの作業はきつかった。「こっちは(大学院をやめることも含めて)人生どうするかというところ。正直イライラした」

論文を執筆中の岩堀さん

気持ちを変化させたのは…

 祭りに毎年遊びに行っていたという岩堀さん。小学1年生の時には、人形の巡行を終えた父が射的でゲーム機を取ってくれた。しかし、「継いでほしい」と言われたことはなかった。

 父が新聞社の取材に「人形が出なくても祭りは続く」と話していたのを読み、「継がなくてもいいよ」と間接的に伝えてくれているのだと感じていた。

 伯父が会社を早期退職して継ぐ話も出たが、人形を作る過程で地区の人々の「岩堀家」への期待を感じ、気持ちに変化が芽生えた。「父が築いた信頼の貯蓄があったから周りの人がよくしてくれた。信頼は一度途絶えると復活は難しい。それなら自分がやる」

 大学院の教授の協力もあり、博士課程に進学後、数学の研究を続けながら人形を作ることが可能になった。現在、博士論文の執筆もしている。

 三国祭では、三国神社周辺の約30地区が、6基の山車を交代で神社に奉納する。今年岩堀さんは3基分の依頼を受けた。県内の別の祭りで使う人形も合わせ、年に5~9体を作っている。

作業の様子

 人形作りを直接教わったことはない。今は父が作った人形を分解する際に骨組みなどを観察、撮影した写真を参考に「ものすごく考えて」ほぼ独学で制作。父が残した手帳に記された1日の作業量を見て「(自分が仕事を覚えるにつれて)父のすごさがどんどん分かってくる」と驚いている。

 岩堀さんは、始めに竹やわらで人形の手足、次に胴体を作る。顔は、粘土製の型の上に和紙を貼り、色を塗る。全てを合体させるのは祭りの直前だ。約3メートルにもなる胴体は大人が数人いなければ持ち上げられず、月に10日ほど、東京に住む叔父に申し訳ないと思いながらも手伝いに来てもらっている。

作業場の様子

山車が示した感謝に「ほっ」と一安心

 10キロの部品を持ち上げたり、5メートルほどの高さの脚立の上で作業したりすることもある。「大学院の仲間は、作業場でノコギリを使って木材を切っている私の姿は想像できないと思う」と笑う。

 華やかな衣装は、人形1体に西陣織を50メートルほど使って作る。母邦子(くにこ)さん(58)が担当だ。2人で京都まで買い付けに行く。「(息子は)ゼロからのスタートやで大変だと思う。高いところでの作業もあるので気が抜けないだろう」と気遣う。

 人形作りをしていると、小学生に「どうやって作るの?」と話し掛けられたり、カメラを持って「追っかけ」をする高校生がいたり「恥ずかしいけれどちょっとうれしい」こともある。

 今年は1基の山車が巡行中に岩堀さんの作業場の前で止まった。人形の正面が見えるよう向きを変え、おはやしを1曲演奏。感謝の意を示したのだ。「喜んでもらえたんだ」と、ほっとした。

 ただ、将来への不安も大きい。「10年後、祭りがどうなっているか分からない」。45軒中、20~40歳で青年会に所属する男性が3人しかいなかったり、山車の引き手にボランティアやアルバイトを雇う地区もある。高齢化は進む一方だ。

 人形は1体約100万円だが、材料費を除くと手元に残るのはわずか。坂井市などから助成金が出ている。「お金が続くのかというプレッシャーがある。たまに、人形が壊れたり、追いかけられたりする夢を見る」 

 それでも「仕事なのでベストを尽くす。『意識高い系』ではないし、町おこしをしたいわけではないけれど」。今年は、難易度が高くこれまで依頼を断っていた一つの山車に二つの人形を載せる「二つ山車」に挑戦、成功させた。

 いずれは自分が書きためているメモをまとめ、人形作りの手順が後世に残るような資料を作りたいと考えている。

 時々、高校の部活動で作った漢詩を思い出す。タイトルは「詠懐(えいかい)」で、「非才志立てて官を求めず(私は志を立てたが、高位を目指す者ではない)」と詠んだ。地位は求めず、志を立てて誇り高く生きよう、という内容だ。

 「今は自分が人形師として一人前になることを目指したい」。三国唯一の人形師として、これからも父が残した「信頼の貯蓄」を守っていく。

取材を終えて

 文系の私と、理系の岩堀さん。年が近いこともあり、楽しく取材させていただけたと思っているが、数学の博士論文の内容だけは、正直、全く分からなかった‥。丁寧に説明してくれたのに、すみません。ちなみに、岩堀さんは親友がもうすぐ結婚する予定で、自身も「(仕事の)いろんな不安を分かち合える奥さん」を募集中。条件は、人形作りを手伝えること!(共同通信・福井支局=野本めぐみ27歳)

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