湯船から見た富士に憧れた女性が目指す場所

 83歳銭湯絵師の手さばき見つめ 「継ぐということ」(4) 

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銭湯で陸部分の下絵を塗る勝海さん

 昔ながらの銭湯が減り、壁に描かれた大きな富士山は貴重になった。専門の「銭湯絵師」は、日本に3人しかいない。寂しさを感じていた現役最年長の丸山清人さん(83)に、初めての弟子ができた。東京芸大大学院に通う、勝海麻衣さん(24)。絵師になると決めて美大で学び、目指すは銭湯絵も描くアーティスト。師匠の技を盗もうと、真っすぐな目が、その手さばきを追う。

現役最年長の銭湯絵師、丸山清人さん(右)と弟子の勝海麻衣さん=東京都大田区

80歳で個展

 丸山さんが銭湯絵師の世界に入ったのは、18歳のとき。親戚が働いていた銭湯専門の広告代理店に誘われ、就職した。風呂のない家が多かった当時、人目に触れる銭湯の壁は、貴重な広告スペース。壁の広告看板の上に、代理店がサービスで絵を描いていた。

 白や青、5色のペンキで描かれる銭湯絵は、どれも明るい色合いだ。「みんな、体を癒やしにやってくるからね。明るさを出すため、青主体が多い」と説明する。

 見習いは空を塗ることから始まり、4、5年でようやく、全てを1人で任されるように。「湯船にペンキを落っことして、けっこう失敗もした」と振り返る。

 銭湯が減り、人前で腕を披露するイベントへの出演が多くなった。80歳になってから開くようになった個展では、銭湯に描く銭湯絵と違い、夕日や朝焼けなど、暗めの色合いの作品も。「普段の反動だよね」と、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 自身が銭湯絵を手掛けた銭湯には、あまり足が向かない。「できたときには『これでいい』と思うんだけど、少し時間がたつと、粗が見えちゃうから」だそうだ。

 生涯現役。「出来栄えに100点はないんだよ。それを目指して一生懸命やってるから」と、向上心を持ち続けている。

丸山さんの手先を見つめる勝海さん

初弟子

 10月15日、東京都豊島区で半世紀以上続く銭湯「山の湯」で、はけや筆を片手に持った丸山さんが、壁に新たな絵を描いていた。

 「色に変化を付けていくグラデーションなんかが難しい」と言うものの、はしごや木の板で組んだ足場の上に乗り、色の濃淡で事もなげに尾根や山肌を表現していく。

 男湯の立山連峰は、写真からイメージを得て描いたが、女湯の富士山は、何も見ずにペンキの色を重ねていく。「もう何回も描いてきたからね」と、笑う。

 その手の動きをじっと見つめていたのが、昨年9月に弟子入りした勝海さんだ。小学2年の頃、銭湯で見たダイナミックな富士山に心を奪われ「私も将来、こんな絵が描きたい」と願った。

一面水色の壁(上)に、富士山を描いた(下)

 中学校で銭湯絵師の存在を知り、目指す道を決めた。高校1年から美術予備校へ。周囲は就職を決める中、生活していけるかどうか不安はあった。が、「人生一度きり」と、ぶれずに武蔵野美術大で学んだ後、丸山さんに師事しながら、東京芸大大学院で「生活に寄り添う絵画」を研究する。

 大学では、ファッションデザイナーを目指す友人のショーに出演したことをきっかけに、モデルの仕事も始めた。「クリエーティブな人たちと一緒にいると、芸術への刺激になっていい」と、あくまで銭湯絵師の夢を追うことに貪欲だ。

 丸山さんは、勝海さんを「筋はいい」と評する。しかし本人は「まだ全然…。大学で基礎は学んだので、もう少しできると思ってました。でも、キャンバスと違って、これだけ大きな絵を足場の上で描くと、全体の構図を見失いがちになるんです」

 今は丸山さんが銭湯絵の世界に飛び込んだ頃のように、空や陸地の下絵を任される。この日は、丸山さんから「いいじゃん」と一度褒められた後、すぐに「あ、でも緑はもっと濃くして」と、ダメ出しを受けていた。

 

作業の合間に談笑する丸山さんと勝海さん

衰退の中で探る新たな道

 銭湯は減り続け、東京都浴場組合などによると、最盛期の1968年には都内に2687軒あったが、今年9月には545軒まで減った。全国でも、16年度末までに4000軒を割り込んでいる。どこも後継者不足で、老朽化した施設を直す資金もないという。銭湯絵がない施設も多くなった。

 最近は、美大に通う丸山さんの孫娘も銭湯絵師に興味を持ち始め、現場を訪ねてくることも。「もう一踏ん張りしないとね」と、うれしそうな丸山さんだが、勝海さんには「これから先、銭湯絵師だけでは食べていけない。他にも選択肢を持つべきだ」と助言する。

 勝海さんは、銭湯だけにとどまらず、絵に携わる道を探っていくつもりだ。「いずれ、自分ならではの銭湯絵を描きたいです。将来への不安はありますが、全力でやれば何か見つかると思います」

 

取材を終えて

 銭湯絵といえば、富士山。なぜなのか。東京都浴場組合によると、明治17年、現在の千代田区にできた銭湯「キカイ湯」で、静岡県出身の絵師が富士山を描いたことがきっかけで「縁起がいい」と評判になり、広がったそうです。
 丸山さんは「世界遺産登録されてから、どこに行っても富士山を描いてほしい、とお願いされるようになった」と話します。誰もが知る山だけに、変だと思われないように描き上げる重圧があるそうです。(共同通信・宇都宮支局=横田敦史30歳)

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