夫婦で津和野に移住して手に入れたもの

 祖父母の茶舗で見つけた豊かさ 「継ぐということ」(3)

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「香味園上領茶舗」で商品を手にするリコッタ瑠美さん(右から2人目)とアドリエンさん。左は祖父母=島根県津和野町

 会社勤めをやめたリコッタ瑠美(るみ)さん(36)は、フランス人の夫と一緒に島根県津和野町へ昨年四月に移住した。来年1月にはこの地で祖父母が営む茶舗を継ぐ。闘病しながら家族の未来を案じる父に安心してほしかったし、家族との時間をもっと大切にしたかったからだ。
 

お金より大事なものを手に入れたい

 津和野町は城下町の風情が残り「山陰の小京都」と呼ばれる。JR山口線津和野駅から、長屋と蔵の間の細い路地を縫うように歩くこと約10分。ひっそりとたたずむ父の実家、1930年創業の「香味園上領茶舗」が新生活の舞台だ。瑠美さんにとって、父と一緒に何度も訪れた思い出の場所でもある。

 茶舗はカワラケツメイという植物を焙煎(ばいせん)して作る「ざら茶」の製造・販売を続けてきた。優れた利尿作用があり、評判は拡大。店は一時大きく成長した。

ざら茶のパッケージ

 曽祖父が始めた店を祖父の上領清一(かみりょう・きよかず)さんと、ざら茶を商品化した祖母の愛子(あいこ)さんが大事に守ってきた。

 しかし、観光客の減少や客の高齢化などで売り上げは最盛期だった約40年前の2割ほどに低迷していた。

 瑠美さんが津和野町に移り住んだとき、収入は会社員時代に比べ激減した。だが、家族との時間というお金には代えられない豊かさが手に入った。

父の心配、突き刺さった言葉

 大学卒業後は就職し、大阪・梅田で働いていた。不動産情報サイトや結婚情報誌に載せる広告の営業に明け暮れた。仕事は楽しく刺激的で、充実していた。

 でも父の上領正幸(かみりょう・まさゆき)さんは手放しで応援してくれているようには見えなかった。「先々のこともしっかり考えや」。1度だけぼそっと言われた。結婚のことだと感じ、頭から離れなかった。いつも自分の背中を押してくれていた父が放った一言がぐさりと突き刺さった。

 「婚姻届なんてただの紙」とずっと思っていた。だが、2011年の東日本大震災後、婚姻届を出していないために行政から連絡を受けられなかったカップルの話を聞いて考えが揺らいだ。自身の結婚観や家族観が大きく変わっていくのも感じていた頃だった。

病気発覚がきっかけに

 移住に向けて大きく歯車が動いたのは、13年初め。父が膵臓(すいぞう)がんに侵されていることが判明したのだ。いずれ茶舗を継ぐと思っていた父は、津和野町に戻れそうにはない。祖父母を気遣う父の胸中が気になった。

 「私が継いだら、いろんなことが解決するんじゃないかな」

 そう考え始めた。

 仕事で忙しくても娘の自分と惜しみなく時間を共有してくれた父。思い出を振り返る中で、自分もそんな親になりたいと強く思うようになった。

 自営業なら時間に融通が利く。高齢の祖父母も仕事から離れられるはず。何よりも父の思いに寄り添える一番の近道だと直感した。父に連れられ、津和野町で遊んだ記憶という宝物も守りたい。

 15年末、茶舗を継ぐと伝えた。父は驚きながらも「ほな俺が大阪営業部長になったるわ」とケラケラ笑って喜んでくれた。その姿が忘れられない。
 英会話の学習仲間だったフランス人のアドリエン・リコッタさん(31)と16年4月に結婚。昨年9月に娘の梨愛(りな)ちゃんも授かった。

収入の不安はリモートワークでカバー

 「収入が少なくなって、やっていけるかな」。津和野町に移る前、経済面の不安があった。アドリエンさんと一緒に茶舗経営の構想を練った。気持ちを前向きにさせてくれたのは、会社員時代に手に入れた市場調査のスキルや人脈だった。

 茶舗の経営を立て直すための手だてがないか徹底的に調べるうちに「売り上げは必ず伸ばせるし、家族も食べていける」と確信するようになった。田舎暮らしへの不安はいつしか期待へと変わっていた。

 空き時間を活用し、会社員時代の先輩が起業した会社からリモートワーク(在宅勤務)で広告関係の仕事も受けている。

 津和野町にいながら、会社員時代と同じように腕を磨けると考えたからだ。それに茶舗が一時的にうまくいかなくても、収入の足しがあることは心強い。

リモートワークをする瑠美さん

欧州売り込みに挑戦

 90年近い歴史を持つ茶舗の3代目になるプレッシャーはそれほどない。「守らなければならないのはざら茶の味だけ。つらくなったらまた別なことをやれば良いだけ」と考えている。

 当初は商品パッケージのデザインなどで対立することも多かった祖父母も「任せてもなんとかやってくれるはず」と意見を受け入れてくれるようになってきた。

商品を確かめるリコッタ瑠美さん(左)と祖父=島根県津和野町

 目下取り組んでいるのは、海外への売り込みだ。健康茶への需要を掘り起こそうと、欧州での営業活動に力を入れている。

 とりわけアドリエンさんの故郷フランスでの市場開拓を狙う。日本の食や観光をテーマにパリで開かれたイベントで今年7月、ざら茶が高い評価を受け、勇気づけられた。

 津和野町観光協会などの調査結果によると、昨年津和野町に宿泊した外国人の半数以上が欧州からだった。これもざら茶の魅力を伝える上で好材料だと感じている。

 仕事と家庭のバランスに悩むこともある。茶舗のために頑張りたいが、家族との時間も大事にしたい。仕事の楽しさにどっぷり「時間をお金に換えるように」働いていた会社員時代が頭をよぎることもある。

 それでも原点は忘れない。仕事を終えた後の家族との長い夕飯やだんらんのたびに、思い描いていた豊かさは「これだ」とかみしめる。

 父は今年4月に他界した。64歳だった。「今の私たち家族を見て、少しは安心してくれたかな」

自己実現目指す言葉に感銘 ~取材を終えて~

 津和野町は島根県の西の端。私の支局がある東部の松江市からは車で4時間かかります。その遠さに魅了され7月中旬に観光で訪れると、ガイドさんが「ここの若い人はみんな『津和野を元気にしたい』と言う移住者」と紹介してくれました。 今回取材した瑠美さんもそんな移住者の1人。「父と何度も訪れた思い出の地を再び元気にしたい」という思いに加えて、「自分なりの『豊かさ』を実現できるとも思った」とお話しいただいたのが印象的でした。
 島根県では中山間地域や離島で移住者が増え、昨年度から県全体で転入者が転出者を上回っています。地域活性化に挑むやりがいと、個々人の中にある生きがいを一致させる魅力が島根県にはあるのかもしれません。 取材しながらまた一つ、島根暮らしの良さを学ばせてもらいました。(共同通信・松江支局=小林知史23歳)

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