自らのスタンスより視聴者との会話 有働由美子さん、持ち味発揮はこれからか

 有働さんをまた日々見られるようになり、1カ月がたった。言わずと知れた元NHKアナウンサー有働由美子。10月1日から日本テレビ系の平日夜の報道番組「news zero」でメインキャスターを務めている。

 ▽スタンス

 「私も世の中がいろいろ動いていて、何が正しいのか、どういう価値観でニュースを見ていったら良いのかに、正直自信がありません」。放送初日、有働さんが冒頭のあいさつで口にした言葉だ。そして画面に表示した、ツイッターで検索の目印となるハッシュタグを指さし、「ぜひ皆さんの、ニュースあるいは世の中に関する考えを、こちらの方に送っていただければと思います。皆さんと会話するニュースとして伝えていければと思っております」と続けた。

 夜の報道番組は、言論機関としての局の考えを示すものだと言えるだろう。どのニュースにどのくらいの時間を使い、どのような切り口で伝えるか。また、どのトピックを掘り下げて特集を組むか。それを見て視聴者は、局の問題意識を感じることができる。その中でキャスターは「番組の顔」として、自分の言葉で語るのが従来の形だ。

 冒頭の有働さんの発言は、スタンスを伝える役割からは離れている。久米宏や筑紫哲也といったキャスター像がある視聴者は、違和感を抱いてしまうものだろう。

 ▽多様性と現場主義

 7月、有働さんにインタビューする機会があった。番組の顔を務めるプレッシャーはどれほどのものだろう、と臨んだが有働さんは「今は政治も経済も社会問題も正しく切ってよね、という感じでは見られていない」と見解を示した。

 その上で強調したのが、多様性を示す役割だ。「いろんな見方が出せる番組になればと思う。私はこう思うけどどうですか、というのは言わないと」。番組はツイッターに寄せられた視聴者の意見を積極的に紹介する構成を取っている。

 もう一つ強調したのが現場主義だ。3月のNHK退職後、10日掛けて東日本大震災の沿岸被災地を巡り、住民それぞれの思いを聴いた。「一対一で取材して心通じた感覚を届けられるのが理想。テレビでどうできるか方法はこれからですけど、目指したい」と語った。

 10月15日、安倍晋三首相が消費税を10%に引き上げる方針を表明した際には、有働さん自ら東京・戸越銀座商店街に出向いた。軽減税率に戸惑う声などを拾い上げ、コーナーの最後を「社会保障の充実はしてほしいと思うし、その分の負担は取らなきゃいけないということも分かるんですけれど、国がそれをいかに効率的に使ってくれるか、これはきちんと考えてわれわれに示してほしいし、私たちもチェックしていかなきゃいけないと改めて思う」と、生活者の視点を示した。

 こうした取り組みは、まだ有働さんがキャスターだからこそ出せる、番組独自の持ち味とまではなっていない印象がある。もちろん番組はリニューアルしたばかり。今後どう展開していくかは注目すべきだろう。

 ▽新しい有働節

 番組を見ていて物足りなく感じてしまうのは、NHK時代の「NHKアナウンサーなのにこんなこと言うんだ」という驚きが薄くなってしまったことだ。当時は、だからこそ本心を伝えてくれているのだろうという共感、そして代弁者としての期待があった。

 有働さんの人気を特に高めたのは、キャスターを務めた平日朝の情報番組「あさイチ」だろう。アナウンサーながら体や性の問題も真っ正面から扱った。こうした問題を語る際、局のアナウンサー、それもNHKともなると無難に収まりそうだが、イメージを軽々と超えて繰り出されるコメントに、お茶の間はぐっと「有働さん」と呼びたくなる親近感を持った。

 zeroでも「テンパる」や「すげー」といった、飾らない言葉を使うスタイルは健在だ。以前なら「NHKなんで」の逆を行く姿に親しみが持てたものだが、フリーアナウンサーとなった今、特に夜の報道番組の中で語られると、軽さのようにも映ってしまう。

 しかし、固定概念を超えていくのが有働さん。長年共に働いたNHK放送総局長の木田幸紀は会見で、「彼女は素晴らしいセンスの持ち主なので、いずれそう遠くない日に、きっと今まで皆さん見たことも聞いたこともないような新しい有働節をちゃんと開発するだろう」と期待を示した。

 有働さんはキャスター就任に合わせた会見後の囲み取材で視聴率への意識を問われ、「だめだったら切ってもらえばいい。私がやりたいことをやって視聴率が下がるっていうことは、私が視聴者の方とずれているって話なので」と覚悟を示している。新しい形の報道番組、そしてキャスターができるのか。やはり目が離せない。(共同通信記者・橋本亮)

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