第四十三回 秋に感傷を深めるのに相応しいマリア・ベターニアの歌声

夏が完全に終わって、秋が深まってきました。そして、すぐそこに冬がやって来ております。この時期、秋の深まりとともに、やって来るのは、なんだか意味もない悲しさです。

いや、意味がないわけではありません。暑かった日々、太陽の光、Tシャツ、汗、もろ肌、水着の女子、かき氷、それらが遠くにいってしまったことによるやるせなさが募ってくるのでしょう。つまり楽しかった夏の別れによって引き起こされる感傷的な気分なのかもしれません。

出会いの夏、別れの秋なんてことを昔から言いますから、夏の出会いを唄った歌はたくさんあって、別れの秋を唄った歌もたくさんあります。他には、旅立ちの春なんてのもあります。でもって、冬はなんなのでしょうか? 耐えしのぶ冬とかなのか? とにかく、季節特有の気分を唄った歌は、世の中にはたくさんあります。

とにかくこの時期は、少しでも感傷的な気分になってきたら、そのまま、ずぶずぶ感傷を味わっていこうじゃないか、と思うのです。

そんなこんなで今回は、秋、感傷的になったとき、さらに感傷を深めていくのにピッタリの音です。

オススメなのは、「As Canções Que Você Fez Pra Mim」という曲。この曲名、なんて読んだら良いのかわからない。ブラジルの音楽で、ポルトガル語なのですが、いろんな人がカバーしていて、原曲は、ロベルト・カルロスさんという方の歌みたいです。けれども、わたしが好きなのは、マリア・ベターニアが、しっとりと唄う、「As Canções Que Você Fez Pra Mim」です。

マリア・ベターニアはブラジルを代表する女性歌手で、お兄さんは、なんと、カエターノ・ヴェローゾです。兄妹揃って、国民代表歌手なんてすごいです。日本でいうと、鳥羽一郎と山川豊みたいな感じなのでしょうか。

とにかく、この曲、感傷的になるにはもってこいなのです。わたしの場合、最初は歌詞の意味もわからず聴いていたのですが、後日、調べてみると、邦題は「あなたがくれた歌」というもので、自分の相方がいなくなってしまい、その人を想いながら、悲しんでいる、といったものでした。もしかすると、相方は亡くなってしまったのではないかとも思えます。なんとも乱暴な説明で申し訳ないのですが、この曲は、言葉の意味がわからなくても、感傷的なことを唄っているというのが誰にでも伝わってきます。つまり感傷とは万国共通なのです。

また、この歌、ちあきなおみの「喝采」にも通ずるところがあるので、外国の方が、「喝采」を聴いたら、やはり感傷的になるのか? どなたか、機会があったら実験してみてください。

それでは皆様、この季節、「As Canções Que Você Fez Pra Mim」を聴きながら、秋の多摩川などに行き、暮れる夕陽を眺めつつ、無駄に涙を流したりするのも良いかもしれません。

戌井昭人(いぬいあきと)/1971年東京生まれ。作家。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」で脚本担当。2008年『鮒のためいき』で小説家としてデビュー。2009年『まずいスープ』、2011年『ぴんぞろ』、2012年『ひっ』、2013年『すっぽん心中』、2014年『どろにやいと』が芥川賞候補になるがいずれも落選。『すっぽん心中』は川端康成賞になる。2016年には『のろい男 俳優・亀岡拓次』が第38回野間文芸新人賞を受賞。

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