中小企業の後継者難が深刻な中、家業と向きあう取り組みに経営者の子どもたちが刺激を受けている。単に継ぐだけでは展望は開けない。今ある経営資源を生かし、新たなビジネスを生み出したい。果敢に挑戦する2人の姿を追った。
「(見学に来た工場で)素材や色を選んでもらい、その場で靴を完成させて土産として持って帰ってもらう」
若手後継者が家業の経営資源を活用したプランを競うコンテスト「アトツギピッチ」で、父親の革靴製造会社で働く上田誠一郎(うえだ・せいいちろう)さん(30)は、訪日観光客向けの靴工場体験ツアーのプランを力説した。
旅行者を自社工場に呼び込み、物作りの現場を楽しんでもらいながら、その場で好みの靴を提供する。ツアー代金は2万円。
アトツギピッチは、大阪市がベンチャー企業振興の拠点として設置した「大阪イノベーションハブ(OIH)」が開催。書類選考を通過した34歳以下の10人が斬新なプランを次々と発表した。廃タイヤを使った発電や、僧侶が着る法衣の会員制レンタル事業も飛び出した。
上田さんは立教大で経営学を勉強した。ファッション業界に興味を持ち、東京の大手靴販売会社に就職。副店長まで任せてもらったが、「物作りでお客様を喜ばせたい」と祖父が創業した家業に2015年6月に転身した。
父親で社長の陽一(よういち)さん(64)は「粗削りだが、前向きに突っ走っている」とその姿勢には目を細める。ただ一方で「半人前」とも。息子の肩書は営業部長。「この業界は息子が帰ってきたら『専務、専務』という。でも専務にするには世間知らずだし、靴のことも分かっていない」。冷静な経営者の判断も忘れていない。
大阪市浪速区周辺は皮革産業が昔から盛んだが、スニーカーブームやカジュアル化による革靴離れなどで業界は厳しい。陽一さんが理事長を務める大阪靴メーカー協同組合の組合員数は1962年の設立当時58社だったが、現在は20社に満たないという。
同業者の知人が廃業したり夜逃げしたり…。業界の厳しさを目の当たりにしてきた。「人ごととは思えない。本当に継がせていいのか」。葛藤もあった。だからこそ、5年以内のバトンタッチを考えている。自分がまだ元気なうちに譲り、もしつまずいたら、手を差し伸べるつもりだ。
上田さんが家業を継ぐのは、サラリーマンとしての安定より、新しい挑戦を優先したからでもある。もちろん、まだまだ手探りのところも多い。
アトツギピッチの発表では、具体的な集客方法を問われ、「自社にノウハウはなく、旅行会社と一緒に作っていく」と説明。まだまだアイデア段階と認めざるを得なかった。審査員からは「スケール的に小さい。何か付加価値がないと、地場産業を残す意思は見えない」と手厳しい指摘もあった。
だが立ち止まってはいられない。最優秀賞には手が届かなかったが、参加して強い刺激を受けた。積極姿勢で、今後は自社ブランド作りや海外展開も視野に入れる。
「この一手間で光沢が出て、雰囲気が変わる」。出荷前の高級革靴をブラシで丁寧に磨く。工場も兼ねる浪速区大国のビルに所狭しと革靴が並ぶ中、材料をチェック、製造途中の検品にも余念がない。何でも手がける毎日だ。10月からはようやく専務に昇格、責任が一段と増した。
「今、社長から吸収できることは、何でもしないと」。顔つきが引き締まる。継承までの時間はあっという間だ。(共同通信・大阪写真映像部=長村勝彦)
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