『童の神』今村翔吾著 まつろわぬ民たちの戦い

 伝奇アクション、歴史ロマン、まつろわぬ民、鬼退治、秘技バトル……。そんな惹句にググっと来た読者に本書を迷うことなくお薦めしよう。角川春樹小説賞を満場一致で受賞したという宣伝文句も納得の痛快娯楽小説である。

 時は平安時代。京には土蜘蛛、鬼、滝夜叉、山姥などと呼ばれ、蔑まされた先住の民がいた。彼らは平伏する者という意味で「童」と総称された。

 越後で豪族の父、異国人の母の間に生まれた桜暁丸(おうぎまる)は金髪碧眼という異貌の剣士に育った。京人によって父と故郷を奪われ盗賊となった桜暁丸は、やがて全ての童を救うため朝廷に立ち向かう。

 朝廷軍を支えるのは源頼光、渡辺綱、坂田金時(幼名金太郎)ら猛き武将たち。京人から「酒呑童子」と恐れられた桜暁丸は、近畿の山々を根城とする童たちと手を結び、策謀を巡らす朝廷軍と一大決戦を迎えることになる——。

 そう、これは「今昔物語集」や「御伽草子」に記された「大江山の鬼退治」の説話を「討伐される側」から読み換えた英雄物語なのだ。

 桜暁丸は差別のない世を夢見て戦う。それは「蔑む者がいてこそ、民の心は安らぎを得る」という民衆支配の仕組み、「己が蔑まれたくないから誰かを貶める」という人間の業に抗う絶望的な営みかもしれない。だが桜暁丸は誇り高く宣言する。「俺は人を諦めない。それが我らの戦いだ」

 キレのいい文体に駆動され、物語は淀みなく疾走する。注目すべき時代小説の書き手がまた1人増えた。

(角川春樹事務所 1600円+税)=片岡義博

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