世界の福本も認めた“甲斐キャノン” 名球会の俊足選手たちが語る盗塁成功のカギ

ソフトバンク・甲斐拓也【写真:藤浦一都】

柴田、福本、秋山、荒木が見るホークス甲斐拓也とは

 文字通り、まさに日本球界のトップ・オブ・ザ・トップスである「日本プロ野球名球会」。日米で活躍したレジェンドたちが24日、東京ドームに集結した。

「名球会ベースボールフェスティバル2018」

 新旧の名選手が集った場所で、夢のある質問を投げかけてみた。1回目は「“甲斐キャノン”ことソフトバンク甲斐拓也から盗塁を成功させるには……?」だ。

 打者なら2000本安打、投手なら200勝、250セーブ。日米で数字を積み重ねてきた誉れ高きメンバーは、現在65名。日本野球の未来へ向け、その名球会が24日、東京ドームにおいて野球教室、セ・パ対抗戦などを開催し、約3万人のファンを楽しませた。

 野球人気の低下などが叫ばれるが、いまだ野球は国民的スポーツとして健在だ。イベントには王貞治氏(現ソフトバンク会長)や張本勲氏などの大物OB、野茂英雄氏や黒田博樹氏などのMLB経験者。そして阿部慎之助(巨人)や福浦和也(ロッテ)などの現役まで、ビッグネームが多数参加した。

 各選手たちの輝かしい成績などは、様々な場所で山ほど語られている。ならば、ということで、大物レジェンドたちに、夢のある対戦をシミュレートしてもらった。

通算579盗塁の柴田勲氏「諦めて走るか、最初から無理しないだろうね」

 先日の日本シリーズで6連続盗塁阻止の日本記録を達成。まさに「時の人」となったソフトバンク甲斐との対戦について、足のスペシャリストたちに聞いてみた。

 甲斐は10年育成ドラフト6位でプロ入り。103試合出場を果たした17年に、育成出身初となるゴールデングラブ賞とベストナイン賞を受賞。18年はリーグトップの盗塁阻止率.447で2年連続ゴールデングラブ賞、加えて日本シリーズMVPも獲得した。今や球界を代表する捕手となり、「最も盗塁が成功しづらい捕手」と言える。

「まぁ、普通にやったら間違いなく刺されるよね。セーフになるイメージが全く湧かない、それだけのすごい捕手だと思うよ。キャッチングからスローイングまで隙がないからね。正直、諦めて走るか、最初から無理しないだろうね」

 巨人V9時代不動のリードオフマン。通算579盗塁で盗塁王を6回獲得した柴田勲氏は、諦めの言葉からスタートした。

「もちろん盗塁を全て刺す捕手というのはいない。送球が少し逸れたり、野手がファンブルしてしまうこともある。それにしても、成績だけ見れば2回に1回は刺す。これは長いプロ野球を見渡してもスゴイことだと思う。ソフトバンクは一般的にクイックがうまくない、と言われる外国人投手もいるわけだから。それだけスゴイ捕手だと思う。やっぱりそういう偶然性を頼みに、刺されること覚悟で走るしかないよね」

 続いて語ってくれたのは福本豊氏。通算盗塁数1065個の日本記録を持ち、盗塁王13回。阪急一筋20年で通算2543安打、ゴールデングラブ賞12回など、まさに走攻守全てで優れた名選手だ。

「かつては各球団に1人は名捕手がいた。それが少なくなっている中で、久しぶりに出てきた素晴らしい捕手だね。肩の強さももちろんだけど、どんな体勢で捕球しても正確なスローイングができる。日本シリーズも6回刺したうちの5回は完璧に近い送球だったもんな。あれでは無理やわな」

 福本氏は現役時代から投手のクセを研究することに定評があった。甲斐と勝負する場合にも、セーフになる鍵は投手にあると言う。

「ワシやったら最初から投手と勝負するね。甲斐と勝負しても勝てる確率は低い。徹底的に投手の投球モーションを研究して、クセを探って、それを盗んで走る。特にソフトバンクは外国人投手も多いから、クセは見つけやすいはず。それを徹底すれば、全てではないにしても、必ず何回かに1回は盗塁成功できる」

 球史に残る俊足選手、柴田、福本両氏からも、甲斐の強肩、送球技術はずば抜けているとお墨付きを得た。だが、勝負となると話は別。盗塁成功させるためのノウハウを持っているのは、経験が為せる業か。

秋山幸二氏が考えるカギは「そこを思い切ってスタートできるか」

 名球会の中でも比較的引退してから時間の経っていない秋山幸二氏。西武、ソフトバンクで大活躍し、当時「メジャーに最も近い男」と呼ばれるほどだった。また、ソフトバンクで監督だった時に、育成選手だった甲斐は支配下登録、そして1軍デビューを果たした。

「育成だったけど、肩というか守備は良かった。また打撃も意外とパンチ力があったからね。でも、当時は捕手としてここまで注目されるようになるとは、正直、思っていなかった。1軍帯同も主力捕手の故障などがあったりしたからだったからね」

 現役通算303盗塁(盗塁王1回)を誇る秋山氏は、甲斐と勝負するとしたら、どうするのだろうか。

「まあ、あれだけの阻止率だから。それを見せられると、やはり走りにくくはなりますね。でも、そこを思い切ってスタートできるかだと思う。そういう意味では、もちろん投手の傾向、クセなども頭には入れます。だけど、スタートはある意味思いきりですから。それができれば、あとは普段通りの自分の走塁をするだけしかない。スタート次第、まぁ、そうとしか言えないくらい高いレベルですね」

 監督、そして解説者として甲斐のプレーを数多く見てきた秋山氏だけに、100%セーフになるとは言えない、ということであった。

 そして、現役を退いたばかり通算378盗塁、盗塁王1回の元中日・荒木雅博。攻撃面のみでなく、守備の要であるショート、セカンドのセンターラインを守り抜き、強豪中日に欠かせない選手だった。

「やはり僕の持ち味はスピード。そのためにも攻守で常に細かいところまで気を配っていた。中でも、走塁に対する意識、次の塁を狙うという気持ちは、常に強く持っていた気がする。甲斐君が試合に出始めたのは、僕もベテランになってから。だから、全盛期、最もスピードがあった頃に勝負してみたかったと本気で思います」

 そう語った荒木は、投手ではなく捕手の甲斐と勝負したいという。

「盗塁を試みるとしたら投手ではなく、純粋に捕手と勝負したい。アウトコース真っ直ぐで、捕手が二塁へ送球しやすい投球で勝負したい。まぁ引退したし、野球人としての気持ちですが。自分の足、盗塁技術がどこまで通用するか見てみたかった……」

 現役時代にはチームプレーに徹し、勝利のために献身を重ねた荒木。やはり野球人としては自らの能力を知ってみたいということだった。

名球会に「盗塁枠」があってもいいのでは…

 話を聞いてみると、自身のプレースタイルなどで盗塁に対するアプローチの仕方は全く異なる。しかし、多くの盗塁を重ねてきたレジェンドたちから見ても、甲斐から盗塁するのは相当タフな仕事になるのは間違いない。

 盗塁とはその名の通り、隙を見て塁を盗むというイメージが強い。しかし、それを成し遂げるためには高い技術、多くの準備、そして運など様々なものが必要となる。日本選手の盗塁技術は、MLB選手と比べても間違いなく負けない。まさに世界基準の盗塁なのである。そういった意味で言えば、安打数と比べて評価基準は難しいかもしれないが、盗塁数での枠が名球会にあっても面白いのでは、と思える。(山岡則夫 / Norio Yamaoka)

山岡則夫 プロフィール
 1972年島根県出身。千葉大学卒業後、アパレル会社勤務などを経て01年にInnings,Co.を設立、雑誌Ballpark Time!を発刊。現在はBallparkレーベルとして様々な書籍、雑誌を企画、製作するほか、多くの雑誌やホームページに寄稿している。最新刊は「岩隈久志のピッチングバイブル」、「躍進する広島カープを支える選手たち」(株式会社舵社)。Ballpark Time!オフィシャルページにて取材日記を定期的に更新中。

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