コネ? 七光り? そんなものは幻想だ

世襲議員も有権者次第 「仕事、つながる」(3)

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農業祭で支援者の孫に見つかり、「攻撃」を受ける

 国会議員の息子といえば、ドラマや漫画で描かれるのは、コネで有名企業に就職し、親の七光を振りかざして威張り散らす姿。親が引退すれば、なんの苦労もなく「後継ぎ」として出馬し、支援者の苦労も知らず当選して「センセイ」に―。でも、世襲議員って本当にそうなんだろうか。

 大阪府議1期目の原田孝治さん(38)=自民党=は、同じく府議だった曽祖父から続く4代目。祖父は衆院議員を14期務め、閣僚も経験した。父は現防衛副大臣だ。華やかな家系に見えるが「世襲って言葉は、生まれた時からついて回るから」とため息。あれ? なんだか思っていたイメージと違うぞ。

寄り道は選挙事務所

 幼いころから、家族総出の選挙は日常の一部だった。祖父はたまにしか家におらず、黒塗りの車が家の前に止まっていれば、祖父が帰ってきたと喜んだ。

 選挙のたびに家は人けがなくなり、弁当は手作りからパンに。「選挙期間中、ずっとパン」。でも小学生の時はその分、帰りに選挙事務所に寄って、集まった支持者たちに遊んでもらった。高校生になるとそれが腹ごしらえの場所に変わった。

 1988年12月に祖父が経済企画庁長官に就任した際には誇らしく、鼻高々で小学校の文集にも作文を投稿した。しかし、祖父はリクルート事件で在職わずか約1カ月で辞任に追い込まれた。担任の勧めで文集はお蔵入りになった。「担任も気を使っていろいろ考えてくれたようだ」

 祖父が出てくるニュースで読まれる国会対策の略の「国対」を「国体」だと思い、「国会でも体育をするのかな」と考えていた少年時代。ボーイスカウトで行ったキャンプ場に父親の選挙カーが回ってきて恥ずかしい思いをしたこともあったと振り返る。

 92年、自民党竹下派の後継会長選びが過熱した時には、祖父が最高幹部会の座長として連日テレビに登場していた。友人から「座長」とあだ名を付けられたのも懐かしい思い出だ。祖父は小渕恵三氏を会長に推薦し、後の政界再編につながる流れの中心にいた。

祖父の足取りを記録した冊子を見ながら、歴史に思いをはせる

 

世襲批判と宿命と

 4代目ともなれば、世襲批判は避けられない。それでも「それも僕の一部」と意に介さない。「当たり前のことだけど、曽祖父のころからずっと、選挙のたびに選んでくれたのは有権者」。座っていれば転がり込んでくる地位ではなく、「地元のために」と働いた結果で代々続いてきたという自負がある。

 それより気になるのは、同年代が政治に無関心に見えることだ。ちょっとでも政治を意識してほしいと、彼らが直面する子育て支援の施策に取り組む。不妊治療対策や待機児童解消が目下のテーマ。党内で勉強を続ける日々だ。

 もともと、政治家は明確な目標ではなかった。就職氷河期の真っ最中に大学卒業が迫り、「親にコネがあるかも」と淡い希望も抱いたりもした。だがそんな都合の良い話があるはずもなく、出遅れた。なんとかIT企業に就職し、北海道で働いた。「忙しいと選挙や国会のニュースに目が向かない」。そんな世間の現実を肌身で感じた。

秘書はつらいよ

 2006年に父が衆院補欠選挙に立候補した。「人手が足りない。助けてくれ」と懇願され、「宿命だ」と感じて秘書に。会社は辞めた。
 
 父は当選したが、民主党政権誕生の契機となった09年総選挙では敗北。「選挙に落ちればただの人」という政界の厳しさを思い知った。浪人の父を支える秘書生活は「月給15万円。次に当選する保証はない」。12年総選挙では、選挙区で負け、薄氷の比例復活だった。
 
 どれだけ地元に根を張り、後援会組織を固めようとあらがえない選挙の「風」があることを痛感した。有権者の興味は移ろいやすく、絶対に受かる選挙などないと痛感した。落選の怖さが頭から離れなかった。
 
 14年に結婚。披露宴のあいさつで浪人秘書時代の話をしたら、涙が止まらなくなった。「夢中で気づかなかったが、本当は不安でたまらなかったのだろう」と振り返る。

期待を背負って

 それでも青年会議所などに顔を出すうち、周囲から「これからはあなたのような若い人にこの街を引っ張って行ってもらわないといけない」と何度も言われた。

「原田家」を長く知る支持者(左)は「世襲なんて関係ない」と孝治さんにも大きな期待を寄せている

 期待の声の大きさに府議選出馬を決意し、若い仲間の協力を得て15年4月に当選した。世襲の自分だからこそ、地元との長いつながりを生かしてできることがあるはずだと考えている。

 今年11月後半に地元駅前の公園で開かれた農業祭。顔を出すと、あちこちから声がかかった。昔なじみの支持者は「あそこの道路が壊れた。近所でこんなトラブルがある。そんな相談をしやすいのは、地元をよく知ってるからこそ」と笑顔だ。

あちこちから声がかかる

 自分では精力的に回っているつもりだが、やるべきことは限りなくある。秘書時代に地元の会合はすべて顔を出せと父にハッパをかけていたが、「自分でやってみると大変だった。父はすごかった」。素直にそう思う。

父も立った府議会の壇上に、今は自分が

「三バン」

 世襲議員は選挙に不可欠な地盤(組織力)、看板(知名度)、かばん(資金力)の「三バン」を持って生まれると言われる。来年5月に第1子が誕生するが、「三バン」はどうするか。5代目にたすきをつなぐかはまだわからない。

 「安定してるし、絶対サラリーマンの方が良い」と話す奥さんからのプレッシャーもある。

 「経済的に安定しないし、勧められない。でも地域のために何かしたいと子供が言い始めれば、判断は有権者に託すしかないかな」。今は漠然とそう考えている。

 来年4月には2期目をかけた府議選を控える。「まずは自分の選挙だよ。将来のことより、今のこと」

取材を終えて

 世襲政治家を取材対象として扱っていいものか、かなり悩んだ。記事を出して想定される批判はすぐ思いつく。「特定の政治家との癒着」とか。 それでも、政治家だって人間。悩みながら継いだはずだと声をかけると「その壁は越えていかないといけないから」と苦笑い。ステレオタイプな世襲議員像に抗っているようにも感じた。取材中聞いた「世襲あるある」は思っていたより面白かった。 共同通信入社後、選挙取材の機会に多く恵まれた。若者が選挙に行かない、投票率が低い、なり手がいなくて無投票…。全国共通の課題だ。解決策はすぐには思いつかない。でも、まずは身近な政治家に興味を持つことから始まるんじゃないかと思う。(共同通信・大阪社会部=恩田将成30歳)

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