【まだ見ぬ頂を目指して】新進気鋭の写真家・上田優紀の挑戦【vol.2】 日本を出て2週間、やっとアマ・ダブラムべースキャンプに到着した。ようやく山に入っていける、そう思うと気分も高まってくる。まずは高度順応のためにキャンプ1、そしてキャンプ2へと登り、標高6,000mの世界を目指す。

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ようやく移動のための移動が終わった。ベースキャンプで1日休養日を挟み、本格的に登山が始まる。と言ってもいきなり頂上を目指すわけではない。超高所のヒマラヤ登山が成功するか否かはいかに高所順応できるかが鍵となる。そのため、通常ベースキャンプと山頂の間にキャンプ1、キャンプ2、キャンプ3というふうにいくつもキャンプ地を設置し、それらを経由しながらゆっくりと高度を上げていく。

右側の稜線が今回登る南西稜ルート

アマ・ダブラムにおいても今回、僕はハイキャンプ(ベースキャンプとキャンプ1との間に設置されたキャンプサイト)を往復した後、キャンプ1に上がり、1泊してからベースキャンプに戻って1日休養。再度、キャンプ1、そしてキャンプ2へと登っていき、6,000mの標高に体を慣らしていく。キャンプ2で順応を終えるともう一度ベースキャンプに戻って休養し、風が弱く好天が3日ほど続く日を待ってアタックを仕掛ける、というプランを立てた。

このゆるやかな丘を登り、まずはハイキャンプを目指す

ハイキャンプまでは緩やかな丘を登っていく。特に危険なポイントもないトレッキングだが標高は5,000mを超えるためゆっくりと呼吸に気をつけながら歩き、2時間ほどで到着した。

ハイキャンプからアマ・ダブラムを見上げる。恐ろしく美しい

ハイキャンプから今回登っていく南西稜が真っ直ぐアマ・ダブラム頂上へと伸びている。雲を抱え、威風堂々とそびえるその山容は今まで見てきたアマ・ダブラムとは全く違っていた。恐ろしく美しい。畏怖の念さえ覚えながらいつまでもその姿から目を離すことが出来なかった。

ハイキャンプを超えると氷河を抱えたヒマラヤの山々が姿を現す

翌日、同じ道を歩いてハイキャンプ、そしてさらに上部のキャンプ1を目指す。前日と同様に深い呼吸を意識しながら時間をかけてゆるい傾斜を歩いていく。ハイキャンプを超えると突如世界が変わった。ベースキャンプからは見えないが南壁側はいくつもの氷河を抱え、その奥には白く美しいヒマラヤの山々が静かにたたずんでいる。

ガレ場から南西稜を見上げるとキャンプ1のテントが見えてくる

そこからはひたすら南西稜を進む。歩きやすかった道も次第に岩が散乱するガレ場に変わっていった。浮石に注意しながら歩いていくと遥か上空の稜線上にいくつかのテントがシミのようにポツリポツリと張り付いている。ガレ場から先はロープが設置されていた。
滑りやすいルンゼや傾斜の強い岩壁をロープを頼りに登っていく。標高は5,600mになり、激しく動くたびに呼吸は苦しくなる。深く鼻から息を吸い、しっかり肺に酸素を届ける。足場を確かめながら時間をかけて稜線上に辿り着いた。

稜線上に作られたキャンプ1

テントに入って熱いコーヒーを飲む。高所において水分はいくら飲んでも飲みすぎるということはない。水分不足は血をドロドロにし、高山病や凍傷の原因になる。
この標高では1日4リットルも水を飲む必要ある。大量のお湯を沸かし、何杯ものコーヒーをゆっくりと飲み込んでく。体は疲れ果てていたが温かい飲み物が心を癒してくれた。まだ余裕があり、高所順応は今のところは上手くいっているように思える。

雲をヒマラヤの山々が突き抜けている。今まで見たこともない景色だった

夕暮れ、神秘的な景色に包まれた。キャンプ1より下で広がる雲をヒマラヤの山々が突き抜けて、それが地平線の向こうまで続いている。標高6,000mを超える山が当たり前のように点在する、おそらく世界でもここでしか見られない風景に息を飲んだ。

日が沈むと一気に気温が下がっていく。夜中、寒さと空気の薄さで何度も目が覚める。シュラフの中に入れ忘れたお湯は完全に凍りつき、テントの外は氷点下15度になっていた。

満月がヒマラヤ山脈を照らす

トイレをしに外に出ると、夜にも関わらず影ができるほど明るく、満月がアマ・ダブラム南壁を煌々と照らしている。僕ひとりがアマ・ダブラムと向かい合って対話しているような不思議な感覚に寒さも時間も忘れていつまでもたたずんでいた。

キャンプ1を出発するとすぐに険しい岩場が始まる

朝、太陽が昇るのと同時に目が覚めた。2時間以上続けて眠ることは出来なかったが体調は悪くない。一度、標高の低いベースキャンプまで戻り、休養日をもうけて体を回復させた。2日後、再度、ハイキャンプ、キャンプ1、そして今度はキャンプ2まで進んでいく。キャンプ1から上は切り立った稜線のリッジを歩き、いくつもの岩壁をロッククライミングしながら登っていく。

イエロータワーを見上げる

キャンプ2の直下までやってくるとイエロータワーと呼ばれる壁が現れた。イエロータワーはアマ・ダブラム登山においていくつかある難所のひとつで、これまでよりさらに厳しい絶壁を標高5,800mの高さでクライミングしなくてはいけない。僕の前を行くシェルパでさえ何度も止まりながらゆっくりと登っている。

イエロータワーを見上げ、比較的登りやすそうなルートを確認し、壁に取り付いた。足を数センチもないくぼみに引っ掛け、右手の登高器を使い、腕力を頼りに登っていく。激しい運動にすぐに腕に乳酸が溜まり、息は苦しくなる。足を滑らせ、何度も落ちそうになりながら少しずつ高度を稼ぎ、イエロータワーの上に辿り着いた時、立っていられないほどの疲労に襲われた。

リッジ上に作られたキャンプ2

正しく呼吸を繰り返しても上手く酸素を取り込めない。倒れこむようにキャンプ2のテントに入り、横になりながら2リットルの紅茶を時間をかけてゆっくり飲んでいく。

キャンプ2から見上げるとアマ・ダブラムの頂が夕陽に染まっていた

この日、朝からほとんど水分を取らず、標高5,500mから500m近く激しいクライミングを繰り返してきた。重たい頭痛や吐き気はあきらかに高度障害の初期症状だ。夕食に食べたインスタントヌードルやさっき飲んだ水も全部吐いてしまった。
少しでも寝ようとしたが、眠りに落ちそうになると息が苦しくて目がさめる。このまま寝たらもう目が覚めないのではないかという恐怖に何度も襲われた。結局、ほとんど眠ることが出来ずに朝を迎え、ボロボロの体を引きずりながらベースキャンプへと戻っていった。

僕のコンディションとは逆に登山シーズンに入り、ベースキャンプは活気付いていく

今まで頭が重いといった程度の高度障害は経験したことはあったが、ここまで重度のものは初めてだった。ここからさらに1,000mも登っていく、しかも、さらに厳しい垂直の氷の壁を。本当に自分にそんな事が出来るのか、不安ばかりが頭の中をぐるぐると回り、ベースキャンプに降りても気持ちが上がって来ない。それと同調するように体調も悪く、標高を1,500m下げたにも関わらず、食べたものや飲んだものを全て吐き続けた。

こんな状況でも登らならければならない、逃げることは出来ない。誰のためでもない、自分の為に。気持ちさえ戻れば、体も付いてくる。過去の経験から不安への立ち向かい方は知っている。アタックに向けてベースキャンプのテントの中で必死に心を鼓舞し続けた。

続きは12月5日公開予定!

【個展開催のお知らせ】

この紀行文を書いているネイチャーフォトグラファー・上田優紀さんの個展が開催されます。

キヤノンギャラリー銀座: 12月13日〜19日(15日はギャラリートークも予定)
キヤノンギャラリー名古屋: 1月17日〜23日
キヤノンギャラリー大阪: 2月14日〜20日

上田さんが感じるままに撮影したアマ・ダブラムの写真をぜひ身近に感じてみてください!

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