
忘年会シーズン真っ盛り。
平成最後だからなのか、とにかく美味しい店は予約困難。席取り合戦だという。
だいたい、忘年会とはなんだろう。
日本に特有のその行事。
「会社の上司から無理やり押し付けられる忘年会、新年会、社員旅行などは会社の三大愚行である」と書いたのは山口瞳だったような。
私にとって「忘年会」とは、美味しい料理や旨い酒に囲まれ、年の差の垣根を越え忌憚なくおしゃべりしながら一年の労をねぎらう会だと思っている。
酒も入るので多少の無礼講が許されるのもあり。
こういう機会に、年の差や地位など関係なく一緒に飲み食いして語り合えることはなんだかとても平和だと思うのだ。

さらには個人的な忘年会であるならば大勢でなくてもいい。
2人か3人くらいが好ましい。
しっぽりと銀座あたりの老舗暖簾をくぐり鮟鱇鍋を囲んだりする。
少々の美食と美酒でまったり過ごす、そんな小さな忘年会も心地よい。
実際、最近はそんな傾向だったりもする。
その昔、「予約困難な名店・稲荷町の『牧野』でカニ大根鍋と焼きふぐを囲む大忘年会」という謳い文句にまんまと誘われ、苦手な大忘年会に参席したことがある。
ぞろり揃った出版界の編集者やこういう機会でもないと直接お目にかかることもないであろう諸先輩方の面々とともに、本当にうまいカニ大根鍋と焼きふぐを堪能した。作家・矢作俊彦氏主催の忘年会である。
毎年、幹事から美味しそうな案内をいただくのだが、ここ数年は作家先生のセルフ・プロデュース色が特に著しい。食材を厳選し、自らも腕をふるうので、どんな食べ物が飛び出すかその食のレパートリーが楽しみでならない。
ある年の忘年会は、アメリカとキューバの国交回復を記念した「真冬のB・B・Q」がテーマだった。米軍キャンプの真ん前に店を開くキューバ政府公認のシガーバーにて、カリビアンバーベキュー・パーティーを開催。
「真冬のB・B・Q」は好評だったらしく、翌年の「真冬のB・B・Q(その2)」に続く。
キューバの中華。それもニューヨークのキューバ風中華料理。
作家先生による、長〜い「触れ込み」はこんな感じ。
「ハバナの中華街は全長50メートル足らず、ほとんどが南米生まれの中国系か北朝鮮出身者によって経営され、その奇想天外に度肝を抜かれたおっちょこちょいのヤンキーが、カリブ的奇想天外をユニバーサルスタジオ的にアレンジ、ニューヨークで一時、真冬の花火的にはやった“シノワーズキュベーヌ”のB・B・Q版」
私は都会の真ん中にあがる、タキシード姿で肉を焼きシャンパンをあおる作家をはじめ異相な面々にユニバーサルスタジオ的な真冬の花火を想像。ここだけで作家ならアメリカ文学的にさらりと書けそうなものの、私の筆ではアメリカ文学は遠く、江戸川乱歩にすら届かない。
そして、今年の忘年会は、なんと広深港高速鉄道と港珠澳大橋の開通を祝い、中華街の名店『南粤美食』プロデュースによる黒椒猪蹄(これは香港の名店の料理)や羊の腱のカレーなど多彩な香港式料理がずらり。
もうメニューをきいているだけで、よだれもの。
アメリカ人のようになりたいわけじゃ全くないが、たとえば感謝祭といったご馳走に恵まれる日があるのなら、私もご馳走にあやかりたい。タッパー持参で馳せ参じたい。

そう、忘年会はいつもと違うちょっと美味しいもの、特別なものを味わいたい。
1年間、仕事を頑張った。とにかく生き延びた。いろいろあったにせよ、会社や集団に属する関係性ではなく、ただ美食と酒を愛すべき有志たちと食卓を囲みたい。
バブル期にあったようなホテル宴会場やレストラン貸し切りで盛り上げる司会や余興、ビンゴ大会、カラオケもいらない、語らい笑い泣きたければ泣くもよし。貧乏サヴァランよろしく、ただただ美食と酒。これだけは外せない。
というわけで、有志を募ってスッポンを食べようと、横浜中華街に集結。
「南粤美食」の老板(ラオバン、中国語で店主)が熱心に勧める「スッポン鍋」を思い切って注文した。
これこそ、本当に食べたことのないものだった。
師走の横浜は冷える。
全身カシミアの私、洒落者の元担当編集者はブルガリアの奇祭のモフモフ風な装いで登場。「“なまはげ”と呼ばれています」の第一声にのけぞり笑う。
まずはお店特製の漢方の食前酒でスタート。
何種類もの漢方を漬け込んだもので、飲んだら一気に体が熱くなった。
ものすごく寒い夜だったので、途端に体も心も嬉しくなる。
南粤(なんえつ)という店名が示すとおり広州料理なので、いったいどんなスッポン鍋が登場するのか楽しみだった。
その昔、真冬の香港の路地裏屋台で食べた内臓や魚などいろいろなものが入った美味い火鍋を囲んだ思い出がある。医食同源の火鍋を食べて、香港人も体を温めているのだなと納得したものだった。
「きょうはスッポン鍋以外は食べちゃダメ」
すでに暴走気味な我々の手綱をしめる老板。
それでもほんのちょっとの豆をつまみに、古越龍山紹興酒をちびちびやりながら、待つことしばし。
大きな土鍋に入った、スッポン2匹入りの特製鍋が威風堂々登場。
これには、有志一同から歓声が上がる。
よくよく覗くと、2匹のスッポンの顔が丸ごと。手足も甲羅もある。
さらに名古屋コーチンの頭、脚まで。
こういうのを「エグい」「グロい」と眉をひそめる輩が今回の有志にはいないのが幸いだった。
そんなわけで、一同、部位の争奪戦。
体に良さそうな漢方入りスープにひたひたと浸かる名古屋コーチンとスッポン。
ぐつぐつと煮えたぎる具材。濃厚なスープがまた絶品で、ひとくち、またひとくちと口に運び、食道を通じ胃袋に到達すると、じんわりあったかになる。

酒を忘れ、ひたすらスープを飲み続ける私。
お喋りをしたくても、なぜか唇がひっついてしまう。
コラーゲンのしわざだ。
唇をもひっつけてしまうほどの濃厚なコラーゲン。
指先も粘着質なコラーゲンでにちゃにちゃしている。
さすがスッポンと名古屋コーチンのダブル鍋。
必死になって食べ続けること1時間あまり。
今度は長芋と南瓜が山盛り皿に載ってやってきた。
長芋を入れるとさらに美味いそうだ。
いや、さすがにもう食べられない。
でも、どんな味なのか試してみたい。
少しずつ口にすると、これが案外美味い。
サクサクという食感にまったりと濃厚なスープが絡む。
本来ならば、これに何か中華麺を入れるとか雑炊にするとか締めの何かがあるのだろうけれど、そこまではとてもじゃないが、もうお腹いっぱい。
というか、もう長芋少々でお腹一杯。
それでもデザートは別腹。
女子にだけ燕の巣を蒸した滋養豊富な高級デザートが山盛り振る舞われた。
燕の巣の効能は美肌のほかにも、シアル酸など免疫力を高める成分が含まれ、その効能はロイヤルゼリーの数百倍とも言われる。
アラフォー、アラフィフにもなると、酒場で病気の話になりがちだが、あれは楽しくない上に酒がまずくなるだけでなく、免疫力も下がるのではないかと思う。
特に、美しいマダムや女性客のいる酒場の止まり木で耳にする会話は艶っぽくあってほしい。時にはさらりと口説き口説かれ、時に熱き抱擁を。
キザと言われようが、外国人のように挨拶代わりにハグすればいいだけの話だ。
燕の巣に多く含まれ免疫力を高めるといわれるシアル酸は、人の唾液や母乳にも多く含まれているそうだ。その上、スッポンの効能は、もはや言うまでもない。
ここで私はシンプルに考えた。
人が愛し合い抱き合うことで癒されたり、愛し愛されることで刺激を受けたり。そんなこんなから自律神経が整ったりして、免疫力があがるということはないだろうか。
愛だよなあ、愛。
「オイシイ、オイシイ、イチバン、カラダニイイ!」と満面の笑みを浮かべる老板と「オイシイ、オイシイヨ!」と有志たちとスッポン鍋を囲みながら、しみじみと愛についてひとり思いを馳せる私であった。
