CSRやCSV(共通価値の創造)を企業理念に組み込む企業は多いが、味の素グループは2014年、「ASV(味の素グループ・シェアード・バリュー)」を掲げた。それは35カ国3万4千人の社員に向けた求心力であり、各地域への貢献を目指す際の道標にもなる。同社でCSRやグローバル広報などを担当する吉宮由真常務執行役員は「社会(への貢献)が先、経済(利益)は後」と強調した。
CSRもSDGsもESGも、ASVに通じる
――味の素ではCSRやサステナビリティをどのように社内に浸透させていますか?
吉宮:当社は2016年、事業活動を進める上で大事にしたい理念を「Our Philosophy」として定めました。CSRやSDGs(持続可能な開発目標)などさまざまな言葉が出てきますが、その本質は、経済活動と社会課題に対し自分たちがどう関わり、どう経済的な価値を生むかという点です。この基本形は変わりません。
社内ではASV(味の素グループ・シェアード・バリュー)を軸に説明しています。地域・社会と共有する価値の創造を通じて経済価値を生み、当社グループの成長につなげていく取り組みです。
ただ、ASVは社外ではなじみが無い言葉ですので、SDGsやCSRとの関連で説明するなどの使い方をしています。ESG(環境・社会・ガバナンス)もASVに結び付けて、必ずそこに戻って説明しています。統合報告書も同様です。
――ASVが常にコアということですね。
吉宮:おっしゃる通りです。試行錯誤のなかで、最もシンプルで力強いメッセージとして伝わるということが分かりました。2014年に定めて以降、社長がASVの考え方を前面に出し、年々それを強化しています。
リスクはチャンスに転じることができる
今年7月に、新たにAGP(味の素グループポリシー)を定めました。現在、グループ全体の従業員3万4千人のうち国内は1万1千人だけです。ほかは海外の従業員です。グローバルレベルで、商品の安全性やサステナビリティ、人権の取り組みなどについて、どのようなポリシーを持っているかを11の基本原則にまとめました。22カ国語に翻訳しています。
――経済のグローバル化が進むなか、リスクを最小化してチャンスを高めていく取り組みがますます重要です。吉宮常務も海外経験が長いそうですね。
吉宮:中国とインドネシアで、合わせて12年ほど仕事をしていました。欧米や南アジアなどへの出張も多かったです。
――グローバルなチャンスとリスクは、どういう部分に感じますか。
吉宮:「一見、リスクと思われる部分は、捉え方によってはチャンスになる」と思っています。海洋プラスチックごみ問題もそうですが、将来的な地球的課題にどうコミットするか、経営陣が道筋を示すことで、会社がその方向に動いていくということが重要です。
地球的な課題は1社だけで解決できるものではなく、他社や競合相手まで含めて共同で向かっていく。これは新しい発想であり、さまざまな局面でチャンスを作れると思います。
「グローバルルールは欧米が作る」という見方もありますが、そのサークルにきっちり入っていかないと、置いてきぼりにされてしまいます。ヒアリングや公聴会は公開で行われるケースも多く、「自分たちで情報を取りに行く」という姿勢が必要です。
社会・環境価値の提供は財務リターンと矛盾しない
――AGPを新たに打ち出し、社会観や価値観もサステナビリティの方向に向いています。そもそも、なぜ味の素はサステナビリティに取り組むのでしょうか。
吉宮:21世紀の人類社会の課題は大きく3つあります。「地球の持続性」「食資源」「健康な生活」の3つです。この課題解決に向けて、自分たちは事業活動を通じてどう関われるのか。人と地球の健やかな未来に貢献し続けることで、持続的な成長ができると考えています。
――裏を返せば、そうした社会課題を解決していかないと、事業そのものが立ち行かないということですね。
吉宮:おっしゃる通りです。そのためには、企業戦略に長期的な視点が必要であり、また社会や環境への価値提供は、財務リターンと矛盾しないという認識が大事です。
――財務リターンと矛盾しないというのは、経験則からですか。
吉宮:これは味の素の創業精神にさかのぼります。池田菊苗博士が1908年に昆布から「うま味」を抽出する特許を取り、味の素創業者の鈴木三郎助に事業化を託したのです。そこには「おいしい味は体にとって良いものであり、安価で良い調味料を提供するということが社会にとってプラスになる」との信念がありました。
どうすれば3万4千人の従業員の求心力を持てるのか。それは「自分たちが社会に貢献している」という思いであり、それが社員とのエンゲージメントにつながるのです。M&Aで初めて味の素グループと一緒に仕事をする会社の社員にとっても、このグループが何を大事にしているのかをきっちり伝えることも重要です。
――いま何カ国で事業を展開していますか。
吉宮:35カ国です。食品のマーケットの大きさでいうと、タイやブラジル、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどの売上高が多い状況です。海外の売上高比率は約55%で、国内よりも大きくなりました。今後、海外比率はさらに高まるでしょう。
――そうした中で、AGPなどグローバルなビジョンやポリシーが改めて重要になってくるということですね。
吉宮:そこで大事なのは、「味の素」という商品をしっかり伝えることです。調味料として安全なのかと、不安視する人もいます。そうした点を顧客や取引先にもきっちり伝えていくことが非常に大事です。
うま味は100年少し前に見つかりましたが、舌にうま味を感じるレセプターがあるというのが分かったのは2002年で、実はまだ発見されて間もないのです。うま味はアミノ酸であり、減塩効果など人間の体にとっても有用であるということが分かりました。今年9月にはニューヨークで初めて、「ワールド・ウマミ・フォーラム」を開きました。
――もう「UMAMI」は英語になっていますね。
吉宮:企業価値をどう上げていくかを考える時に、当社事業のおおもとであるMSG(グルタミン酸ナトリウム)に対する間違った社会的評価を正す必要があります。米国などでは健康被害を主張する意見もありますが、人体に無害であることは科学的に証明されています。科学的な事実に基づいて、透明性をもって顧客に伝えることが重要です。
地域密着がグローバル展開の基本
――日本のCSRの歴史の中で、味の素さんの存在感は以前から高かったですね。
吉宮:そうでしょうか。さまざま見方があるとは思いますが、もともと商品が手ごろな価格で買えて、毎日使う調味料なので、顧客との距離は近いです。顧客のケアなどのアプローチは、きめ細かくできているのかもしれません。
海外でも、フェイス・トゥ・フェイスで1個5~10円の調味料を毎日買っていただく顧客が草の根で広がっていく、ローカリティ(地域性)の高いものです。実際、現地で受け入れてもらえないと売れないのです。
――そこには信頼という要素が欠かせません。
吉宮:一人ひとりの営業マンの人は、小さなお店を1軒1軒回り、1日25~30件の注文をもらいます。商品を渡してお金を頂戴するという、キャッシュオンデリバリーという形で行っています。現金で回収するというのは、お客様との信頼がないと大変なのです。一番大事なのは、その時だけ良い条件を出すのではなく、顧客と長くサステナブルなお付き合いしてもらうことです。
2020年度に企業ブランド価値15億ドルを目標に
――最近、ESGなどの非財務情報をKPI化して、それを高めていく流れがあります。
吉宮:当社の社会課題への取り組みなど、企業ブランドの価値を金額に換算し、2020年度に向けて15億ドルまで高める目標を持っています。現状は7億ドルほどですので、2倍にする目標です。
――社会からの信任や評価は、どう測定していますか。
吉宮:企業価値を測る外部の企業に委託しています。各国のグループ会社で何を目指すのかという時に、定量的な目標があると、自ずと施策が紐づき、クリアになります。毎年グローバル広報会議を行っていますが、グループ全体が目指すものを踏まえ、自社の企業ブランド価値をどう高めるかという議論がしやすくなるのです。
――ガーナで展開していた補助栄養食品「ココプラス」の事業を公益財団法人味の素ファンデーションに移管されましたね。
吉宮:もともとソーシャルビジネスとして、社会的価値と経済的価値の両立を目指してスタートしましたが、事業化して経済的な価値をきっちり生み出すのが少し厳しい状況になりました。
一方で、ガーナにおける乳幼児の食問題は依然として存在します。この解決方法として、当社が財団に寄付を行い、財団が実際の活動を行うという形で切り離して進めています。
ベトナムの子どもの栄養改善でASVを実現
――ASVを体現した優れた取り組みを表彰する「ASVアワード」が今年で2年目だそうですね。
会社にとって、何が社会的価値と経済的価値を両立させるのか、そこに至るプロセスも評価の軸に入ります。去年の大賞は、「ベトナムにおける栄養改善への取り組み」でした。
もともとアジアの都市部では子供の肥満、農村部に行くと栄養不足が起きがちです。一つの国で、全く異なる食の問題が起きています。私たちのアプローチは、小学校での給食の栄養改善をお手伝いし、それを経済的な価値に結びつける狙いです。
ベトナムの事業には二つの切り口があります。一つは、もともと栄養に対する概念を含めて、現地には「栄養士」という制度がなかったのです。ですから、ハノイの医科大学に栄養士を養成するコースを作りました。
二つ目は、小学校の給食の支援として、パソコンに栄養バランスが取れたメニューが出てくるソフトを開発しました。
地域によって、よく食べる食材は違います。安価で栄養価の高い食材を組み合わせてその地域の特性を踏まえたメニューをつくり、野菜が不足しがちな子どもに提供する。おいしい調味料を使えば、子どもも野菜を好きになる。それをセットで考えていく必要があります。食育にも力を入れています。
はじめは「子供が嫌いな野菜をなぜ食べさせるんだ」とクレームをつける親もいましたが、ベトナムにある小学校約4000校のうち、約3000校に導入されました。日本には優れた給食の調理システムがありますので、調理器具などの寄付も行いました。
単に調味料を売るだけではなくて、社会にあるテーマに対して、私たちの関わり方でこういうストーリーができるというアプローチです。これは、営業の人たちもとても元気が出るのですよ。
いかに「社会」にプラスの影響を与えられるか
――リーマンショック以降、米国や欧州の企業の間では「私たちのビジネスは何のために存在しているのか」という「存在意義」(パーパス)が重要視され始めました。企業の目的は利益なのか、あるいは社会なのか。この点、どうお考えでしょうか。
吉宮:社会との関わりの中で、私たちの経済活動があります。これは絶対に外せないところです。私たちの評価の基軸は、社会に対していかにプラスの影響を与えられるかであり、その結果として経済的な利益が生まれるのです。
――「社会が先」ということですね。
吉宮:その通りです。短期的な利益を先に立てると、中長期で本来必要な投資を控えてしまい、長続きしなくなる可能性があります。一方で、期間ごとにきっちり結果も出さなくてはいけないので、常にそのせめぎ合いがあるのです。
[Interviewee]
吉宮由真 味の素常務執行役員/グローバルコーポレート本部副本部長 兼 コーポレートサービス本部副本部長
[Interviewer]
森 摂 オルタナ編集長/サステナブル・ブランド国際会議総合プロデューサー