「災」の1年、識者が教訓を語る リスク対策.com、2018総括セミナー開催

渡辺氏は災害などで思わぬ被害が広がることや、危機管理における他組織との連携の重要性を語った

当サイト「リスク対策.com」は12日、「2018リスク総括セミナー」を東京都千代田区の全国町村会館で開催した。大阪北部地震や北海道胆振東部地震、平成30年7月豪雨のほか、相次ぐ台風など災害が続発。有識者がこの1年を振り返った。

思わぬところまで広がる被害

名古屋工業大学大学院教授の渡辺研司氏は「BCP(事業継続計画)の成果と課題 多発した自然災害への対応」をテーマに講演。「現在の社会はネットワーク型相互依存。様々なサプライチェーンやネットワークに仕事も生活も依存して成り立っている」とし、「サプライチェーン・ネットワークにおいて障害が起こった場合、伝わるスピード、範囲、影響度が大きくなってきている。影響は広域になっており、予想もしない場所でも起こる。事前・水際対策は大事だが限界がある」と説明し、障害が起こった際の対応の重要性を述べた。

今年起こった災害では大阪北部地震では鉄道運休で社員が出社できず、災害対策本部も立ち上げられなかった企業もあったこと、平成30年7月豪雨と台風21号では物流に大きな被害が広がったことを振り返った。平成30年7月豪雨では鉄道や道路が寸断され、台風21号では関西国際空港の浸水や関空連絡橋の破損で、旅客だけでなく貨物の取り扱いにも影響があったため。

そして「災害が起こると食料だけではなく、輸送手段や宿泊施設など地域内のリソースの奪い合いになる」とし、企業のBCP発動が地域に与える影響も考慮し、実効性を確保するためにも自社グループだけでなく協業他社や地方自治体、地域コミュニティとの協力も重要であることを説明した。自治体については近隣自治体や国との協力も呼びかけた。

永田氏は熱中症で最も有効な対処は氷水に全身を漬けることであることを説明した

熱中症対処は「氷水に漬ける」

九州大学大学院 医学研究院先端医療医学講座 災害救急医学分野助教の永田高志氏は「大規模イベントを見据えた企業の危機管理 テロや熱中症まで対策のポイントを考察する」をテーマに講演。豊富な渡米経験から得た知見を述べた。「米国にはAED以外にいたる所に止血のための道具がある」と述べ、テロや事故が起こった場合、救命へ適切な止血措置がいかに大事かを語った。

2020年東京五輪は7月24日~8月9日に開催。特にマラソンでの熱中症が懸念される。永田氏は米・ボストンマラソンで医療通訳ボランティアとして参加するなど、米国のスポーツ医学にも触れてきた。米国ではスポーツ時の熱中症が疑われる際、直腸温を計測し、氷水に全身を漬けて冷やすという手法をとることを紹介。どちらも日本では一般的ではないが、直腸温の方がより正確な体温を把握できるほか、直腸温で42℃から40℃に冷やすには2℃の氷水なら14分だがアイスパックだと100分かかると指摘し、有効であることを説明した。発症後、30分以内に直腸温を39℃以下にする必要がある。

木村氏は大阪北部地震や北海道胆振東部地震を振り返り、企業の災害対応について分析した

帰宅困難者対策の難しさ再び実感

兵庫県立大学准教授の木村玲欧氏は「過去の災害の教訓はどこまで生かされたか 住民の避難行動、企業の社員の出社帰宅判断のあり方などを考える」と題して講演。「大阪北部地震では発災が出勤時間と重なったにもかかわらず、無理に出社しようとしたり、帰宅困難者が出たりと問題があった」と述べた。「リスク対策.com」が大阪北部地震で震度5弱以上を観測した自治体に自社施設を有する企業を対象に行い、148件の有効回答があったアンケートを引用。初動対応に役立ったものとして「安否確認システムの導入」と答えた企業が最多なことを紹介した。また、大阪府が9月に「事業所における『一斉帰宅の抑制』対策ガイドライン」を策定し、帰宅困難者の安全への配慮や大量に道路を歩くと救助活動の妨げになることから、むやみに移動しないように呼びかけていることにも触れた。

北海道胆振東部地震では木村氏自身が当時旭川市に滞在し、混乱を体験。「電力が生活に欠かせない社会基盤であることを再認識した」と述べた。その中で北海道のコンビニエンスストア、セイコーマートが非常用電源を確保しほとんどの店舗で営業を続けたことを評価。また京都市の91歳の女性が5年間で20回を超える避難を行い、「空振り」に終わっていたが、平成30年7月豪雨において、避難したことで命が助かった事例を紹介。「疑わしい時は行動、最悪事態を想定した行動、空振りは許されるが見逃しは許されない―という『プロアクティブの原則』を念頭に置いてほしい」と述べた。

臼田氏は今年の災害におけるSIP4Dの活用について説明した

SIP4Dの活用進む

国立研究開発法人防災科学技術研究所総合防災情報センター長兼レジリエント防災・減災研究推進センター研究統括の臼田裕一郎氏は、「(日本漢字能力検定協会が選ぶ)今年の漢字は『災』だったが、草津白根山の噴火に北陸の大雪も含め本当に災害が多かった」と振り返った。そして防災科研が中心となって整備を進めている、政府や関係機関が災害時に情報共有するためのシステム「府省庁連携情報共有システム(SIP4D)を説明。2014年から開発を進め、臼田氏も今年は大阪北部地震、平成30年7月豪雨、北海道胆振東部地震で同システムによる支援のために被災地入りした経験を語った。

大阪北部地震では大阪ガスの情報と道路や避難所の場所の情報を重ね合わせることで、自衛隊の入浴支援に活用したという。また、平成30年7月豪雨では被災地である岡山県のホームページに防災科研の情報公開ページへのリンクが貼られたほか、自衛隊のツイッターでも紹介された。また、防災科研はLINEと協定を締結。SIP4DとLINEアプリを連携させ、今後設置される防災アカウントを通じた災害情報の配信のほか、被災者から情報収集やAI(人工知能)を用いた質問への応答などを行う計画も紹介した。

(了)

リスク対策.com:斯波 祐介

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