聖書に太宰の書き込み 妻への思いを吐露 神奈川近代文学館で初公開

 作家・太宰治(1909~48年)が薬物中毒で入院中に短歌や妻への思いを書き込んだ聖書が、横浜市中区の神奈川近代文学館で初公開されている。聖書は同時期に入院していた患者のもので、その遺族が保管していた。今まで存在そのものが知られておらず、貴重な資料となっている。

 太宰は36年10月から11月にかけて、麻薬性鎮痛剤パビナール中毒の治療のため、東京武蔵野病院に入院していた。書き込みをしたのは、同じく入院中の斎藤達也医師が所持していた聖書。斎藤医師がサインを求めたのか、太宰が借りて手元に置き、読んでいた可能性が考えられるという。保管していた斎藤医師の遺族が、9月に同館に寄贈した。

 見返し部分に墨で書かれた短歌は「かりそめの/人のなさけの身にしみて/まなこ/うるむも/老いの/はじめや/治」。同歌は、キリスト教から大きな影響を受けて、退院直後に書いた作品「HUMAN LOST」にも掲載された。

 短歌の下にはペン書きで「聖書送つて/よこす奥さんが/あれば/僕もも少し/笑顔の似合ふ/顔に成(な)れるのだけれど/太宰治」とつづる。

 太宰は知らなかったが、妻初代さんは当時、太宰の義弟と不倫関係に陥っていた。後に事実を知った太宰は、初代さんと心中未遂し、結局は離婚する。

 同館総務課の野見山陽子さんは「さすがに、初代さんの見舞いの足が、遠のいていたのかもしれない。寂しそうで、甘えるような太宰の様子がうかがえるのは、いかにも“太宰節”。ファンにはたまらないのではないか」と話した。

 来年1月20日まで常設展の一角で展示。太宰が芥川賞の受賞を、選考委員の川端康成に懇願した有名な書簡の複製なども並ぶ。入館料は一般250円ほか。問い合わせは、同館電話045(622)6666。

太宰治の書き込みがある聖書

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