第20回「BGMのない食堂に飛び交う大声の内緒話とアジフライとピンヒール」

ひみつ、持っていますか? こんにちは、朗読詩人の成宮アイコです。

だいたいひみつなんて、誰も知らないからこそひみつなのですが、ときどき誰かと共有したいときもあります。

むかしから、おとなしそう・怒らなそうという印象を持たれがちだったので、それをにこにこして聞きながら、「知ったつもりになっているようだけど…」と真っ黒な髪の毛の内側、耳のうしろにオレンジを入れていました。風が吹いても見えにくい場所に、ぜったいに髪を耳にかけないように、誰にも気づかれないようにひそやかに。いまでこそインナーカラーという名前で定番となっていて、わたしも隠すことをやめましたが、自分だけのひみつがあるのはいいものです。

そんなひみつが大声で話されている場所があります。

繁華街の路地裏にある小さな食堂です。BGMのないその食堂は、まるで防音かのように外の音が遮断されます。ただの自動ドアのはずなのに、外を歩く人の声も、大きな音で鳴り続けている呼び込みのスピーカーも、なにも聞こえなくなるのだから不思議です。厨房から聞こえる揚げ物の音が止むと、あとは、空調がまわるコーという高い音だけです。

理不尽なことがあってイライラしながらここに駆け込み、アジフライを注文。なんとなく壁に貼られたメニューを眺めます。それにしても静か、それぞれの机の会話が際立ちます。まわりに一言ひとことが聞こえてることを、誰も気にしていません。

すぐに並んだアジフライごしに、強い香水とピンヒールが通り過ぎます。ほぼ背伸び状態のヒールは一歩あるくごとに震えていますが、こんなに足元をじっと見なければ誰も気づかないのだろうな。となりの机ではアーガイルセーターのこわもての男性が切腹の話をして笑っています。冗談かどうかわからないひとが言う冗談はエッジが効いていてすごくいいけど…関わりたくはないな、と思いながら山盛りのキャベツにマヨネーズをかけました。誰も声のボリュームを落としません。大声のひみつが飛び交います。「それは見つからないようにしろって言ったろ」「店の子には言えないよ」「電話する前にLINEして」「まるめこんどけ」「〜って○○が言ってたよ」

斜め前のカップルが「出ようか」と立ち上がります。金髪の男性は自動ドアへ、つばの広い帽子をかぶった女性はレジへ。誰かが帰るたびに、厨房の奥から「アリガトウゴザイマシタ!」と怒鳴るような大声が店内にひびきます。たぶん、「ありがとうございました」の発音が言いにくいので、そうなってしまうのだと思います。このアジフライを揚げてくれているのは、いったいどこの国のひとなんだろうな。注文を聞いてくれる愛想のいい男性しか知りません。店員さんがまかないを食べ始めたところで自動ドアが開き、またお客さんが入ってきました。あいかわらずひみつは大声でばらまかれています。

毎日がこの食堂みたいだったら、不条理なことや、意図しないこと、誰かをうそつきと思ってしまうこと、本当のことはタイミングによって意味が変わること、そういうものを受け入れられるような気がしました。だって、ここではそういうものだから。

しかし、自動ドアを通れば、一気に世界の音が戻ってきます。また、誰の会話も聞こえない、ひみつはひみつの世界です。

© 有限会社ルーフトップ