首位打者・内川、本塁打王・村田を輩出も最下位 2008年横浜を振り返ると…

DeNA・石川雄洋【写真:荒川祐史】

石井琢朗ら98年V戦士に衰え、打線もつながり悪く…

 10年ひと昔という。10年前の野球界はどんな様子だったのか。2008年の野球界を数字で追いかけよう。10年前から球団の名称が変わったのは現DeNAの横浜ベイスターズだけだ。

2008年 横浜ベイスターズ 48勝94敗2分 勝率.338 6位

 首位巨人から36.5ゲーム差のセ・リーグ最下位。リーグ5球団全てに負け越し、5位のヤクルトからも19ゲーム差という断トツの最下位だった。

 大矢明彦監督は就任2年目。1年目はCSにもう少しで手が届く4位と健闘したが、2008年は浮上できなかった。

○打線 左端の数字は打順、打率の横の()は順位

1 外 大西宏明(28歳) 105試 289打78安 4本 26点 5盗 率.270
2 二 仁志敏久(37歳) 121試 476打126安 11本 50点 1盗 率.265(27)
3 一 内川聖一(26歳) 135試 500打189安 14本 67点 2盗 率.378(1)
4 三 村田修一(28歳) 132試 489打158安 46本 114点 0盗 率.323(4)
5 外 吉村裕基(24歳) 142試 530打138安 34本 91点 9盗 率.260(29)
6 外 金城龍彦(32歳) 136試 489打121安 9本 41点 0盗 率.247(32)
7 遊 石井琢朗(38歳) 98試 279打73安 2本 18点 1盗 率.262
8 捕 相川亮二(32歳) 101試 306打78安 7本 22点 0盗 率.255
遊 石川雄洋(22歳) 83試 259打63安 1本 13点 10盗 率.243
外 L・ビグビー(31歳) 72試 216打55安 8本 29点 1盗 率.255

 この年、初めて規定打席に達した内川聖一が、右打者最高打率をマークして首位打者、村田修一は2年連続の本塁打王。前年巨人から移籍した仁志も正二塁手として活躍。
打線は決して弱体とは言えなかったが、つながりが悪いのが問題だった。

場当たり的な投手起用 開幕投手の寺原がクローザーに

○投手陣 防御率の横の()は順位

先 三浦大輔(35歳) 21登7勝10敗 0SV 0HD 144回 防御率3.56(9)
先 M.ウッド(28歳) 26登3勝12敗 0SV 0HD 136回1/3 防御率4.69
先 小林太志(25歳) 31登6勝5敗 1SV 0HD 128回2/3 防御率4.41
兼 吉見祐治(30歳) 41登3勝6敗 0SV 7HD 86回2/3 防御率5.30
兼 那須野巧(26歳) 22登5勝12敗 0SV 0HD 80回2/3 防御率6.47
兼 桑原謙太朗(23歳) 30登3勝6敗 0SV 1HD 76回 防御率4.74
中 横山道哉(31歳) 51登3勝5敗 0SV 11HD 58回2/3 防御率3.22
中 真田裕貴(24歳) 26登2勝4敗 0SV 3HD 51回1/3 防御率4.91
中 小山田保裕(32歳) 39登3勝4敗 0SV 5HD 47回1/3 防御率3.80
中 石井裕也(27歳) 35登2勝0敗 0SV 14HD 45回1/3 防御率2.38
抑 寺原隼人(25歳) 41登3勝9敗 22SV 1HD 71回 防御率3.30

※兼は、先発、中継ぎの兼任

 2桁勝利はなし。ハマの番長こと三浦大輔の7勝が勝ち頭。ウッド、小林まではローテを維持したが、あとは調子のよい投手を救援から先発に回していた。

 救援陣もパッとしなかった。シーズン中に中日からトレードで移籍した石井裕也が好投した程度。後半戦はクローザーとなった寺原は、なんと開幕投手だった。大矢監督の要請で4月下旬に抑えに回ったが、こうした行き当たりばったりの投手起用が、チームを混迷させたと言ってよいだろう。

石川以外のレギュラーは移籍か引退 ドラフト指名選手も現役は1人だけ

 この顔ぶれで現役選手は野手では内川、石川。投手では桑原、寺原。このうち石川雄洋を除く選手が移籍している。

 また今季限りで今は日本ハムの石井裕也が引退。独立リーグ栃木の村田修一も引退。ソフトバンクの吉村裕基も戦力外となっている。

〇ドラフト会議

1位 松本啓二朗(外野手)早稲田大学
2位 藤江均(投手)東邦ガス
3位 山崎憲晴(内野手)横浜商科大学
4位 細山田武史(捕手)早稲田大学
5位 小杉陽太(投手)JR東日本

 阪神との競合を経て、早大の強打の外野手松本を獲得。早大からは強肩捕手、細山田も獲得した。

 しかしこの中からレギュラー選手は出ず、今は阪神に移籍した山崎憲晴が現役だが、他の選手はプロ球界を去った。

 1998年、横浜の街を興奮させた優勝から10年が経ち、当時の主力選手だった石井琢朗や佐伯貴弘、鈴木尚も衰え、チームは沈滞ムードとなった。

 横浜はこの年から5年連続で最下位と長いトンネルに入る。この間に経営母体もDeNAに代わり、再生を目指すことになる。(広尾晃 / Koh Hiroo)

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