『迫り来る嵐』 恐怖と滑稽味がない交ぜになった緊張感が見事

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 1997年の中国を舞台に、工場の警備員が近隣で起きた若い女性の連続殺人事件を追う話で、東京国際映画祭で男優賞と芸術貢献賞に輝いている。中国のサスペンス映画というと、近年ではベルリン国際映画祭を制した『薄氷の殺人』が思い出されるが、実際に共通項も多い。主人公はどちらも工場の警備員で、舞台は現在よりも少し前、同様に猟奇的事件を扱っている。もっと言えば、両監督ともシネフィル臭が漂う。

 そんな中で本作を特徴づけているのは、主人公に感情移入できないことだろう。素人なのに探偵気どりで犯人を追う危なっかしさ。その上、恋人が被害者に似ていることに気づくと、おとりとして利用しようとする。主人公の回想形式で始まりながら、次第に彼を客観視させていくのだ。その異化効果が生む恐怖と滑稽味がない交ぜになった緊張感が見事。

 だが、そんな練り上げられた脚本以上に評価したいのが、世界観の構築力だ。全編にわたって雨が降り続け、晴れた空どころか雨の降らない日はないほど。しかもその雨が、傘や合羽、トタン屋根を打つ音やしたたる雫といった直接的な描写だけでなく、髪を乾かすドライヤーの風など多彩な効果を生んでいる。さらに、タイトルの“嵐”は天候を指すだけではなく、目前に迫った香港の返還(による中国社会の激変)もにらんだもので、世界観の強度だけなら、もはやギリシャ映画なのに青い海も空も映らない『旅芸人の記録』の域。ドン・ユエ監督は、これが初長編というから恐れ入る。★★★★★(外山真也)

監督・脚本:ドン・ユエ

出演:ドアン・イーホン、ジャン・イーイェン

1月5日(土)から全国順次公開

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