宇宙の謎に挑む最新鋭望遠鏡訪ねて 新しい天文学の姿、この目で カナリア諸島へ 

星の光を鏡面で反射して捉えるCTA1号機

 一生を終えようとする星が起こす大爆発「超新星爆発」や、巨大なブラックホールから噴き出る高温のガス、ジェット。宇宙のかなたで激しく活動する天体から、私たちの住む地球に向けて「超高エネルギーガンマ線」という電磁波が降り注いでいる。このガンマ線が地球に届くと、大気と反応して一瞬だけ光を放つ。青白い「チェレンコフ光」と呼ばれる光だ。

 この光の痕跡を捉えて未知の天体を発見し、宇宙に残された謎の解明に挑もうとする新しい天文学が始まっている。世界中の天文学者たちが待ち望んでいた最新鋭望遠鏡「チェレンコフ・テレスコープ・アレイ(CTA)」の1号機が2018年10月、北大西洋のスペイン領カナリア諸島に完成した。宇宙に向いて新たに開いた「眼」。どんな場所から宇宙を見つめているのか。その姿を一目見たいと、現地を訪れた。(共同通信・科学部=矢野雄介)

 ▽「大西洋のハワイ」

 カナリア諸島は、北アフリカ沖の大西洋に浮かぶ美しい島々だ。年間を通じて温暖な気候が続き「大西洋のハワイ」とも呼ばれる。その中の一つ、望遠鏡が建設されたラパルマ島は、スペインの首都マドリードから飛行機で約3時間の小さな火山島。火山灰土が広がる、面積約700平方キロメートルの島に8万5000人が暮らしている。島内ではバナナの栽培が盛んで、長寿の木として知られる巨大な「竜血樹」や、春に色鮮やかな花が咲く「宝石の塔」エキウム・ウィルドプレッティなど、珍しい植物が生息している。

東京大学宇宙線研究所の手嶋政広教授

 1号機建設のリーダー的役割を担った東京大学宇宙線研究所の手嶋政広(てしま・まさひろ)教授たちとともに、標高2200メートルの大地にある「ロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台」を訪れた。1号機がそびえるこの土地は、晴天が多い天文観測の好適地で、スペインのカナリア大望遠鏡やイタリアのガリレオ国立望遠鏡など、各国の観測施設が所狭しと並んでいる。言うなれば、地球の〝天文台銀座〟だ。

 天文台までは、市街地から車で1時間ほど山道を登る必要があり、山頂近くには研究者用の宿泊施設も整えられている。山小屋のような建物で軽食を取ることもできるし、夜間の観測で昼夜が逆転してしまった研究者たちのために、日中に寝るための部屋も用意されている。

各国の観測施設が立ち並ぶロケ・デ・ロス・ムチャーチョス天文台の一角.

 ▽数億分の1秒!チェレンコフ光を捉えろ

 特別な許可が出て、施設に宿泊して夜に1号機を訪れることができた。島内は観測を妨げないように、日没後の照明や航空機の飛行は厳しく制限されている。夜間の外出時もまぶしい白色ライトは禁止。取材の前には「膝より下を赤色ライトで照らすことしか許されない」と念を押された。

 夕暮れを待って施設を出発する。標高が高いせいで、10月というのに外の気温は約6度。防寒着を着込み、三脚とカメラを抱えて出ようとすると、ロビーでは研究者達が観測の準備に取りかかっていた。

 建物の外に出ると、すぐに暗闇に包まれた。目が慣れると、暗闇の底に白くぼんやり道が見える。5分ほど進むと、1号機に着いた。夜空には大きな天の川が広がり、静寂を破るのは周囲の望遠鏡が動く、かすかな低音だけだ。

 光が漏れないようにカメラの液晶パネルを覆い、地面に座り込んで空を見上げた。200枚の鏡を組み合わせた直径23メートルの巨大な鏡「主鏡」が広がる。鏡は星の光を鮮やかに反射し、まるでもう一つ別の宇宙が鏡の中にあるような、不思議な光景を作り出していた。

 手嶋教授によると、天体が発した超高エネルギーガンマ線は、一直線に地球に届き、大気と作用して青白いチェレンコフ光を数億分の1秒間放つ。この光を観察すれば、ガンマ線が飛んできた方向が分かり、発生源の天体を探る手がかりとなる。1号機はこの光を鏡面で反射し、先端の高感度センサーカメラで捉える仕組みになっている。

 ▽マルチメッセンジャー天文学の一角に

 CTAは、大中小の望遠鏡118基を組み合わせた巨大な観測システムだ。観測に参加する研究者は約30カ国の1400人以上。北半球にあるラパルマ島だけでなく、南半球のチリ・パラナルでも観測基地の建設を進めていて、2025年ごろから全基が本格稼働する予定だ。

 10月にラパルマ島で開かれた1号機の完成式典では、開発に携わった日本人の研究者や学生、企業の技術者に出会えた。北大西洋の火山島で目にする日本人の多さに驚きつつも、日本の貢献を心強く感じた。

 CTAの観測では、宇宙空間を飛ぶ高エネルギーの粒子「宇宙線」がどこから飛んできているのかや、存在すると考えられている謎の物質「ダークマター(暗黒物質)」の正体解明も期待される。式典に参加した東大宇宙線研究所の梶田隆章(かじた・たかあき)所長は、CTA観測基地に期待を込めて「同じ(一つの)天体が放つさまざまな信号を捉える『マルチメッセンジャー天文学』の重要な一角だ」と力強く宣言した。

 CTA観測網は10年以内に完成するだろう。これから一体どんな成果を出し、宇宙の謎解きに挑むのか。1号機そばの暗闇の中、胸を躍らせながら鏡の中の宇宙の光にじっと見入った。

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