「模索の旅」の原点 15歳の誕生日に起きたこと 不可視の天皇制(5)

By 佐々木央

85歳の誕生日に先立って行われた記者会見=皇居・宮殿(代表撮影)

 このところ、やたら「平成最後」という言葉が目につき、耳に入る。元号で時を区分し、自分の人生さえも区切ることに、日本人の多くは疑問を抱いていないようだ。いや、その流れをつくり、棹さしているのは、ほかならぬメディアかもしれない。平成のニュース映像ランキングといった企画が、きょうもテレビで流れている。
(47NEWS編集部、佐々木央)

 大嘗祭のところで書いたように、わたしの記者生活も、天皇制と浅からぬ因縁がある。仙台支社から本社社会部に異動したのは1989年、平成元年春だった。宮内記者会に配置されたのはその年の秋。社会部記者としての私の人生は、皇室とともに始まり、平成とともにあった。

 そこから身を引きはがすようにして、元号というものについて考えねばならないはずだが、ここでは文字通り「平成最後」となった天皇誕生日会見について述べたい。

 宮内記者会からは漠とした内容の質問が1問だけ。はしょっていえば「現在の心境と国民に伝えたいことを聞かせてください」というものだ。再質問もないから、これを「記者会見」と呼ぶべきかどうか微妙だが、とりあえず報道に表現を合わせる。

 語られた内容はしかし、多くの人に静かな感動を与えたようだ。

 インデックスを付けるように整理すると/今年1年の災害/戦後の世界と日本の歩み/沖縄/平成期の災害/障害や困難を抱える人々/「移民」を軸にした外国と日本の関わり/妻/息子たち/ということになろうか。それぞれについて、自らがどのように関与し、あるいはどのように思い、考えてきたか。いずれも政治への介入とならないように、慎重に言葉を選んでいるが、沖縄問題や移民問題についての感懐は、現政権への痛烈な批判と読むことも可能だ。この「不可視の天皇制」シリーズの(2)「政治性なき『お言葉』は可能か」で取り上げたかったと思うほどに。

 ここでは戦後の日本の歩みについて言及した部分の小括ともいうべき言葉を取り上げる。新聞各紙も見出しに取ったところが多かった。

 ―先の大戦で多くの人命が失われ、また、わが国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています―

 「平成が戦争のない時代」だったという総括には、異論があるかもしれない。世界に視野を広げれば、戦争や紛争が絶えず、ますます激化しているとみる人もいるだろう。戦前の反省に立って、日本が平和と和解を進める努力を続けてきたのならまだいいが、基地や物資、資金を提供することで積極的に一方に加担してきた。さらには巨額の武器を買い、法律を整え、いつでも戦争ができる国に進化(逆の立場からは「退化」)を遂げている。

 だが「心から安堵しています」という言葉は、本当に率直な思いだったと推測する。なぜなら、皇室の戦後はひとえに、日本が平和国家であり続けるかどうかにかかっていたからだ。

 日本の天皇制が最も弱体化したのは、戦後の占領時代であろう。危殆に瀕したと言い換えてもいい。昭和天皇を戦犯として訴追するべきかどうかが、戦勝国にとって重要テーマとなった。この危機に際して、昭和天皇や日米の関係者がどのように動いたかは、既に数多くの研究があり、資料が発掘され、多数の書物も出ているので触れない。結果として、天皇制は延命した。

 しかし敗戦から3年、1948年のまさに皇太子の誕生日にそれが起こるのだ。

 12月23日、朝日新聞朝刊の一面トップは「東條ら七戦犯 絞首刑執行さる」であった。本文を読むと、執行時刻は午前零時1分から35分までの間。

 このような深更に死刑を執行した例を寡聞にして知らない。午前零時1分。日付がかわった直後に処刑を開始したのは、執行者がそれにこだわったことを示すだろう。それは朝刊掲載に、ぎりぎり間に合う時間でもあった。

 朝日も毎日新聞も、こんな時間にもかかわず号外を出している。毎日号外の見出しは「七戦犯の絞首刑執行 今暁零時一分から三十五分の間」。意識したのかどうか、時刻を明記した。翌日の信濃毎日新聞の見出しには「七戦犯に『平和』の制裁」という文字もある。

 15歳の誕生日、洋々たるべき朝に少年はその新聞を読む。胸中に去来したものはなにか。

 それは占領軍からの何よりも強いメッセージとして届いただろう。「象徴とは何か」を模索する旅は、歴史からのひそやかな警告とともに始まったのだ。彼はその出発においても、希有の天皇であった。=続く

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