子どもたちが思い切り遊べる場所をつくろう!~被災地各所で冒険遊び場を開催

2018年7月の豪雨により、失ったもの、奪われたものは数知れない。その中の一つが「子どもたちの遊び場」だ。普段と違う生活に、いつの間にかストレスを感じたり、不安を抱いたりしている子どももいるだろう。

そこで、「子どもたちが思い切り遊んで、笑顔を取り戻し、災害を乗り越えてほしい」と企画されたのが「冒険遊び場」(プレーパーク)の開催だ。

冬休みに入ったばかりの12月26日、竹原市忠海東小学校跡地でプレーパークが開かれ、親子の楽しそうな声が響いた。主催団体の子どもネットワーク可部の増谷郁子代表の呼びかけに、地元竹原市の認定NPO法人ふれあい館ひろしまのスタッフ、仙台や福山市から駆け付けた経験豊富なプレーパークの現場スタッフであるプレーワーカー、かつてプレーパークで増谷さんにお世話になったスタッフたちが駆け付けて開催された。

 

プレーパークとは、「冒険遊び場」とも呼ばれ、子どもたちが自由な発想で遊ぶ場所のこと。「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーに、子どもたちそれぞれが遊びを生み出していく。公園にあるような既存の遊具ではなく、自然の素材などを使って、のびのびと思い切り遊べる遊び場で、大人は極力邪魔しないのが原則だ。

左からふれあい館ひろしま 子育て支援事業リーダーの岸本このみさん、一般社団法人プレーワーカーズ 統括マネージャーの廣川和紀さん、子どもネットワーク可部の増谷郁子代表、こどもの遊び場・若者の居場所づくり「やわらか」代表の黒木健太郎さん。それぞれが、災害復興や子育て支援に関係する事柄で主催者の増谷さんと知り合い、今回の開催に協力した

今回会場になった竹原市は、土砂崩れや橋梁の損傷、賀茂川の氾濫などが起き、道路の寸断により一時孤立した集落もあった。

竹原市在住の岸本さんは、竹原市仁賀地区にある仁賀小学校のPTAの一員でもある。仁賀地区は竹原市の中でも被害が大きく、断水が続いたため、我が子が通う仁賀小学校は給水所になった。「災害後、崩れた箇所を見て登校したり、迂回せざるを得なかったりと、普段と違う日々に親も子も不安になりました。しかしそれを逆に良い経験とし、いろんな人に助けてもらった感謝の気持ちに変えていきたいです」

「今日はけが人もなく、大成功」と話していたのは、黒木さん。「成功の理由は、大人が口を出さなかったこと。プレーパークでは子どもは自由に遊びます、何もないなら勝手に遊ぶんです。子どもを信じ、子どもが本来持っている力を発揮してもらう。その力が出るようフォローするのが、我々プレーワーカーです」

東日本大震災を経験した廣川さんは、自身の経験とともに、このプレーパークに参加した意義を語ってくれた。

「震災から1ヵ月ほど経ったある日、当時一緒に活動していたプレーパークのメンバーと『座談会&子どもの心のケア勉強会』を企画しました。普段は子どものことを第一に考えている大人たちですが、円座になった途端、堰を切ったように自分のことを話しはじめ、寡黙な男性も泣き出すほどだったのが今でも印象に残っています。日常が崩れることは相当のストレスを私たちに与えます。被害がほとんどなかった仙台の中心部でさえです。「子どもたちはいったいどれだけのストレスを抱えているのだろう?」、「私たちの発散はしゃべることだったけど、子どもたちにとっては遊ぶことが一番だろう」と心を寄せられるようになったのはその後でした。

今回の私のように外から来てすぐに帰る人間は、地域の子どもに寄り添うことはできません。だからこそ、地域の大人が細くとも長く、子どもに寄り添い続けてほしいなと願います。そして、継続には「楽しさ」が欠かせません。冒険遊び場づくりは楽しいなと思ってもらえたらいいなと考え、私も目一杯遊んできました。

ふれあい館ひろしまのボランティアの大学生も、子どもたちの遊びをサポート
あとからあとからキッズが押し寄せ、大人気のべっこう飴作りを見守っていたプレーリーダーは、ゆっぴさん。幼い頃から増谷さんと一緒にさまざまな活動をしており、現在はてらやまプレーパーク(安佐北区可部東)のプレーリーダー
シャボン玉作りコーナーには、桒原光仁さんがスタンバイ。彼もまた小学生のころから一緒に活動してきた増谷さんに声を掛けてもらって来た。てらやまプレーパークのプレーリーダーでもある
竹原市在住の桧谷本さんは「ふれあい館ひろしまでプレーパーク開催を知りました。火を使うのも、シャボン玉も楽しかったようです。とことん遊べるのがいいですね」と笑顔
岡山から帰省中の6歳と4歳の孫を連れてきた、竹原市在住の栗原さん。「広報でもちつきの情報を調べたらこちらのイベントも載っていたのでやってきました。冬場は遊べるところが少ないので、こういうイベントは大歓迎。来て良かったです」

雨天が心配されたが、何とか持ちこたえ、温かい気温の下、全51人が参加した。主催者の増谷さんは「2014年の広島土砂災害の時に、安佐北区には県内外からたくさんのボランティアが駆けつけてくれました。その際も、復興支援として安佐北区内の被災地でプレーパークを開催し、子どもたちの笑顔が大人たちの心も癒してくれることを実感しました。今回の西日本豪雨災害は、広島県内の多くの場所に被害をもたらしました。安佐北区も被災しましたが、区内だけでなく県内のたくさんの子どもたちの笑顔が、被災地域の大人たちの心をいやしてくれるでしょう。地域の皆さんや同じ目的を持つ人たちの協力を得て、これからも頑張っていきたいと思います」と話していた。

このプレーパークは、日本財団 平成30年7月豪雨災害 NPO・ボランティア活動支援事業で、NPO法人日本冒険遊び場づくり協会が助成を受け、岡山、広島、愛媛の被災地で開催する冒険遊び場の、広島の窓口として、NPO法人子どもネットワーク可部が主催。昨年11月から今年3月までに呉市や竹原市、向島、海田町、坂町などの被災地で、全10回開催が予定されている。

 

いまできること取材班
取材・文 門田聖子(ぶるぼん企画室)
写真 堀行丈治(ぶるぼん企画室)

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