【世界から】「チーズ大国」スイスで人気となった秘訣は

スイス料理「ラクレット」は熱々で食べるのが一番。だから、秋冬に好まれる=岩澤里美撮影

 スイス名物といえば、やはりチーズ。中でも、大きな穴が開いた硬質のエメンタールチーズは「チーズの王様」と呼ばれることもあるだけにとても有名だ。しかし、スイス人には「エメンタールの味は個性がなさ過ぎる」と言う者も少なくない。何しろ、スイスはチーズが750種類以上もある「チーズ大国」なのだ。人によって好みが違っても仕方がない。

 それゆえ、日本では知られていても現地ではさして食べられていないチーズもある。代表例が日本でも食べられるようになったラクレットチーズ。溶かしたラクレットチーズをゆでたジャガイモにつけて食べるスイス料理「ラクレット」が日本で人気を呼んでいるだけに、地元でもさぞかし人気かと思いきや消費が増えたのは割と最近のことだ。

▼若者にアピール

 ラクレットチーズは硬質チーズよりも柔らかく、カマンベールチーズなどの軟質チーズよりも硬い。ナチュラルな風味のほか、にんにく、パプリカ、コショウ、オリーブ、サフラン、トリュフを加えたものがあるなど味の幅は広い。スイスでは一年中販売されているが、シーズンはなんといっても秋と冬。この傾向は過去20年変わっていない。スイス国内にあるほぼすべてのラクレットチーズ生産者が会員になっているラクレット・スイス協会がまとめた資料で、2017年に家庭で消費された量を見てみよう。1万トンのうち10、11、12月にその45%が集中し、1、2、3月が25%だった。ラクレットチーズの個人消費は、1996年以降8000トン付近でとどまっていたが、5年ほど前に9500トンに達して、ブームだと報道された。

 同協会によると、これは継続してマーケティングに力を入れてきたことが功を奏したためだという。1人または2人暮らしの若い世代が食べることが多くなったことも関係しているそうだ。

 個人的には、クリスマスや年越しに食べる人が多くなったと感じている。スイスには七面鳥のローストやおせち料理のような年末年始用の料理はなく、12月末に近所のチーズ専門店に行くと、ラクレットチーズを求める人の山ができる。近ごろでは売り切れる風味もちらほら出るほどだ。

 輸出も上昇している。2017年は過去最高の1770トンを記録した。輸出先の1位は隣国ドイツ。ドイツでの人気は10年ほど前からうなぎ上りとなり、17年には900トンを超えた。このほかの主な輸出先としてはフランス、ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、そしてアメリカだ。

▼一緒に飲むなら、温かい紅茶

 「ラクレット」は準備が簡単。皮付きのジャガイモを丸ごとゆでるか蒸す。別添えのピクルスやラクレット向けのスパイスがあれば、あとはチーズをラクレットグリルで溶かすだけ。ここで、スイスならではの〝おなじみの食べ方〟を紹介したい。

大型のラクレットグリル。専用の小さなフライパンにチーズを入れて溶かす=岩澤里美撮影

 まずはジャガイモ。「ラクレット用」と書かれた1キログラムの袋入りのものなどをよく見かける。もちろん、これ以外のジャガイモでもいい。ただし、煮崩れしにくい種類で、サイズが小さめの食べやすいものが基本だ。皮をむく人が多数派だが、皮つきのものを好む人もいる。

 基本のピクルスは、小タマネギ、ヤングコーン、ミニキュウリ。「モスタルダ」(マスタード風味がアクセントの果物や野菜のシロップ煮)も添え物として人気だ。野菜もたっぷり食べたいからと言っても、ドレッシングをかけた生野菜サラダはご法度。野菜を用意するなら、ピーマン、キュウリ、ズッキーニ、トマト、マッシュルームなどを、グリルで一緒に焼く。こってりした味が好きな人は、ベーコンやソーセージも一緒に焼いて食べている。ちなみに、グリルがなくてもオーブンや電子レンジでチーズを溶かせば十分においしく食べられる。

 飲み物についてラクレット・スイス協会は、冷水ではなく温かい紅茶やハーブティー(砂糖やミルクなし)を薦めている。これは、苦味のもととなるタンニンがチーズの消化を助けてくれるためだという。アルコールと合わせるなら、白ワイン、軽めの赤ワイン、またはロゼが適している。デザートは、フルーツサラダかシャーベットがチーズのあとにはさっぱりしてよいという。

▼年中無休の専門店も

 ラクレット人気の高まりは、町中でもうかがえる。屋台が並ぶイベントでは、ラクレットのスタンドにしばしば行列ができる。最近は夏でもあっても、ラクレットのスタンドが出店。暑い中で熱々のチーズを口にする人もたくさん見かける。

 チューリヒでは約2年前、繁華街に年中無休のラクレット専門レストラン「ラクレット・ファクトリー」がオープンした。店内でゆっくりと食べられるだけでなく、持ち帰りもできる。オーナーのロルフ・ズータ―さんに開店理由を聞いてみた。「いつでも気軽にラクレットを食べてほしかったのです」という強い思いがあったという。開店から2年がたった現在も人気が続いており、夜はとくに若者のグループが多い。

チューリヒの「ラクレット・ファクトリー」で売られている黒いラクレットチーズ。バイオ炭で色づけしている=岩澤里美撮影

 同店では、スイス産のラクレットチーズ10種類から選べる。特別な風味も不定期で提供していて、17年秋には生物資源を原材料とする「バイオ炭」で色づけした黒いラクレットチーズを出して、客を驚かせた。ちなみに、炭の味はしない。この黒いチーズもスイス産。こんなチーズ生産者たちの遊び心も、ラクレットの人気上昇を後押ししているのだろう。(スイス在住ジャーナリスト、岩澤里美=共同通信特約)

© 一般社団法人共同通信社