【世界から】米国の政府機関閉鎖 しわ寄せは貧困層に

米連邦政府機関の一部閉鎖に伴い、国立公園の道路をふさぐ工事車両=1月10日、カリフォルニア州(ロイター=共同)

 昨年12月22日に始まった米連邦政府の予算執行に伴う政府機関の一部閉鎖。これに関して、トランプ米大統領は1月25日、政府機関の一部閉鎖を解除することで議会と合意したと発表した。これで、過去最長を大きく更新し続けていた政府機関の閉鎖は35日目で取りあえず収まることになった。政府機関が閉鎖されることなどは、日本人にとっては到底考えられないことだけに、米国は緊急事態で戒厳令でも敷かれているでは、と思った方もいるかもしれない。

 そこで、現地ではどんな影響が出ていたのかをリポートしてみよう。

▼異例の事態

 その前になぜ、連邦政府機関が一部閉鎖されるようなことになってしまうのかについて説明したい。それは、合衆国憲法に「予算不足の際は緊急のものを除き政府の業務を停止しなければならない」という趣旨の条文があるからだ。そのため、議会で予算案が通らないと今回のように連邦政府機関が閉鎖してしまうことになる。同様のことは過去にも何度か起きている。

 1980年代に4回、90年代に2回、2010代に2回閉鎖されており、こうして見ると現代においては特に目新しいことでもない。ちなみに最初の閉鎖は1980年、カーター政権下で一日起こっている。過去の最長記録は13年。当時のオバマ大統領と議会が対立して予算案が承認されず、16日間政府が閉鎖された。当時、筆者はシアトルに住んでいたが、近くの公営動物園が臨時休業となったくらいで特に不便を感じることはなかった。だが、1カ月以上にわたる今回の閉鎖は異例の事態で、市民生活への影響は6年前の比ではなかった。 

▼国境警備や犯罪捜査にも支障

 影響が目に見える形で表れたのは、国立公園だ。広大な国立公園の敷地を保守する係官は連邦政府機関である国立公園局の職員だが、政府からの資金供給が止まった現在、係官の数が大幅に制限され深刻な状態に陥った。他の惑星にやってきたのではと思わせる不思議な風景で日本人観光客にも人気の「ジョシュアツリー国立公園」(カリフォルニア州)では人員不足のため監視が行き届かなくなり、四輪駆動車の愛好家が走行を禁じられた区域にわが物顔で侵入したという。さらには、邪魔な木を切り倒して道を作るという蛮行まで横行していたらしい。

 連邦政府機関である運輸保安局(TSA)は安全保障上極めて重大な部門だ。それは、空港の税関でチェックを行う係官たちがTSAの職員だからだ。彼らは、荷物を検査し危険な入国者に目を光らせるテロの防波堤である。さすがにこれは大幅に人員を削減するわけにもいかず、5万人以上のスタッフが無給で働いた。だが、閉鎖に伴ってスタッフの欠勤が増え、規模を縮小せざるを得ない空港も出ていた。

 「(タダ働きは)大統領がわれわれにくれたプレゼントだ」。テレビのインタビューを受けた、あるTSA関係者は皮肉たっぷりにこう答えていた。

米連邦政府閉鎖のため閉館したワシントンのスミソニアン航空宇宙博物館=1月11日(共同)

 同様の憂き目に遭ったのが犯罪捜査のエリートである連邦捜査局(FBI)だ。約1万3千人と言われる特別捜査官が給与支払いの見通しが立たないまま犯罪と戦っていたが、必要な経費、特に交通費が捻出できず、捜査が滞った事案もあったという。

 国家安全保障局(NSA)の管轄である沿岸警備隊も職員の一部が無給の自宅待機となるなどの被害を受けた。閉鎖期間中には、沿岸警備隊の公式ウェブサイトに「ガレージセールで一時帰休を乗り切る法」という情報ページが追加され、これをワシントン・ポスト紙が記事にして全米の知る所となった。あまりに恥ずかしいと思ったのか、ページはすぐに削除された。このような事態を受けて、カリフォルニア州モンタレーのダイバー用品専門店が沿岸警備隊の隊員を対象にしたフード・ドライブ(食料を援助する運動)を開始。隊員やその家族に缶詰その他の食料を無料で配布して、生活を助けた。

▼飢える人々が出た可能性も

 とは言え、連邦政府職員はまだ、救いがある。閉鎖が解けた段階で未払いの給与が支払われたからだ。今回の異常事態をもっとも深刻に捉えていたのが、連邦政府の援助を当てにしている福祉受給者だった。米国では、生活保護を必要とする人々が食料品を購入するために食料品のみ購入できる金券を配布している。いわゆる「フードスタンプ(食料配給券)」と呼ばれるものだ。今回の閉鎖がもし2月までにずれ込んでいたら、このフードスタンプの配布が難しくなるとされていた。そうなれば、全米に3500万人存在する受給者の中には飢える人々も出てくるところだった。

 そう、閉鎖のしわ寄せは貧困層により色濃く現れることになるのだ。低所得者層に住宅を提供する住宅・都市開発省は1月1日、今月賃貸契約が切れる貸主に手紙を送り、一部政府機関閉鎖の影響ですぐに契約を継続できない可能性を示唆し、そうなってもしばらくの間は借り主を立ち退かせないよう要請した。だが、貸主がそれに従う保証はなく、追い出された人々がホームレス化する可能性もあった。そうなっていれば、米国社会は計り知れないほどの大きなダメージを受けていたに違いない。

 今回の閉鎖解除はメキシコ国境の壁建設費を含まない「つなぎ予算」が上下両院で可決されたことで実現した。しかし、この予算が有効なのは約3週間後の2月15日までだ。トランプ大統領の対応次第では再び混乱する恐れもある。

 就任以前から、米国社会の安全保障のために壁の建設は必須だと主張してきたトランプ大統領。だが、それが予算の不成立の一因となり、社会不安を招いてしまうならまさに本末転倒だ。トランプ大統領はこの皮肉をどう考えているのだろうか? (東京在住ジャーナリスト、岩下慶一=共同通信特約)

米連邦政府機関の閉鎖に抗議するメッセージを書いた紙皿を持ち、上院議員会館を占拠した政府職員ら=1月23日、ワシントン(共同)

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