「魂」という鬼

 江戸の頃の暮らしや風習を研究した故杉浦日向子(ひなこ)さんは対談集でこう語った。「江戸の豆まきって『鬼は外』って言わないのをご存じですか」▲平安時代の武将、平将門の氏子だというのが江戸っ子の誇りで、将門は「鬼の子孫」とされる。だから鬼を追い払わなかった、と。「鬼」ではなくて「厄は外」と言って豆をまいたという▲あすは節分、翌4日は立春で、暦の上では春が来る。豆攻撃に背を丸め、冬を連れ去る鬼さんは、思えば難儀な役目を負う。手心を加えて「厄は外」でもいいかもしれない▲鬼の字の横に「もやもやとした」という意味の「云」が付けば「魂」、生命の源を表す。決して追い払われ、疎外され、軽んじられてはならないもの。それが魂だろう▲守られるべきその魂がむごい目に遭い、大人から放っておかれたらしい。父親による虐待で命を落としたとみられる千葉県の10歳の少女は、小学校のアンケートで「先生、どうにかできませんか」と求めたが救われなかった。寒明けの時節に心は凍る▲今や節分の定番、恵方巻きは丸かぶり、つまり切らずに丸ごと食べるのを習いとする。「縁を切らず、つなぐ」との願いが込められているという。大切なつながりがぷつんと切れる、その悲痛を思うこの頃、願いにはことの外、切々とした響きがある。(徹)

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