『Noise ノイズ』 見つからない言葉の代わりに 今を苦しんでいる人への映画

(c)映画「Noise」製作委員会

▼少し長いコラムを失礼します。わずかでも誰かの滋養になりはしないか、そして映画の作り手の方々へのエールになればとの思いで書きます。

▼秋葉原無差別殺傷事件から3900日余りがたつ。『Noise ノイズ』という映画の舞台挨拶と試写を秋葉原で見た。劇中の3人の若者に、筆者は掛ける言葉が見つからなかった。

▼【作った人】映画は26歳の松本優作さんの初監督作で、3月1日から全国で順次公開される。松本監督は、中学時代の親友が自殺してしまったことを自殺の約1年後、高校入学後に知った。程なくして起きた秋葉原無差別殺傷事件が、親友の自殺とリンクしたという。自分の命を絶つのか、他人の命を奪うのか、紙一重なのかもしれないと感じたようだ。過去の無差別殺傷事件も調べ、長い歳月をかけて脚本に取り組み、「いろんなことがうまくいかない状態で、この映画を作らないと生きていけない」と、自ら出資も募りつつ、製作した。

▼【映画の主な3人の登場人物】

◇桜田美沙(篠崎こころさん):8年前、秋葉原無差別殺傷事件で母を亡くした。父は怒りのやり場なく美沙に手を上げた。その父と2人暮らし。秋葉原で地下アイドル活動をし、所属事務所が経営するJKリフレ店で働いている。店長役は小橋賢児さん。

◇山本里恵(安城うららさん):高校生。父と病に伏せている祖父との3人暮らし。母が離婚して家を出て以来、里恵は父とほとんど会話せず、反抗し、生活はすさんでいる。父は偶然秋葉原で見掛けた桜田美沙の姿を、娘の里恵と重ね合わせてか、地下アイドルのライブ会場へ。父役は布施博さん。

◇大橋健(鈴木宏侑さん):秋葉原の運送会社のアルバイト。スナック勤務の母と、古びた狭いアパートで2人暮らし。母親の金銭トラブルに巻き込まれていく。公衆電話で配達先に嫌がらせの電話をかける行為がエスカレートする。中上健次の小説『十九歳の地図』(1973年。柳町光男監督が79年映画化)を思い起こさせるキャラクター。

▼【異なる視点】3人それぞれの時が、街ですれ違う。先の見えない日々の中で、さらに追い込まれた状況に陥ったり、負の感情が肥大化したりしていく。資料によれば、松本監督は「被害者、被害者の遺族、加害者になりうるかもしれない人、その場に居合わせたかもしれない人。様々な人々の視点から映画を制作していく上で、事件の真に迫ろうとしました」という。

▼【実際の犯人の弟、弟の親友】2008年6月8日の実際の秋葉原無差別殺傷事件。その犯人(現在死刑囚)の弟Aさんは、筆者が在籍する通信社の記者Yと親友だった。その記者は事件から10年の昨年6月、「殺人犯の弟」となってしまった親友Aさんの苦悩を、手記につづって配信した。Y記者が、居酒屋でAさんに「おまえの兄ちゃんは何で事件を起こしたんだと思う?」と尋ねた時、Aさんは少し間を置いてから、「結局は、助手席に乗ってくれる人がいなかったということだろう。女性でなくてもいい。24時間、寄り添ってくれる人」と話したそうだ。2014年1月には、Aさんはげっそりと痩せてY記者の家を訪れた。絶食して餓死しようとしたが、死にきれなかったのだという。その半年後、朝、Y記者はAさんから深夜に届いていたメールに気付き、Aさんの家へ急いだ。だが、間に合わなかった。Aさんは28歳で自ら命を絶った。Y記者は「約15年間、交友を続けてきた私も、彼の『助手席に乗ってくれる人』になり切れなかった」とつづった。

▼【掛ける言葉】筆者は映画『Noise ノイズ』に登場する3人の若者に掛ける言葉が見つからない。どうしたら、少しでも気分を軽くしてあげられるのか、負の感情の膨脹を止められるのか。筆者自身、かつて心身が衰弱し、いっそ死んでしまいたいという感情が頭をよぎった時期、周りの誰の、どの言葉にも救われなかった。周りの人が悪いのではない。では、どんな言葉をかけてほしかったのか、それも思いつかない。劇中の3人は、かつての筆者よりもしんどい境遇にある。誰のどんな言葉が救いになるかは、一人一人違うだろう。人によっては言葉よりも映画かもしれない、音楽かもしれない。

▼【作り手たちの人生】松本監督は、生きることと、この映画の創作が直結し、不可欠だった。今作の音楽プロデューサー、banvoxさんは「僕も幼なじみが自殺していて、死にたいくらい追い詰められていた時に、音楽で食べて行こうと思えて今ここに立てています」と語った。主演の篠崎こころさんは、実際に秋葉原を拠点に地下アイドルとして活動していただけでなく、中学時代に様々な困難があり、絶望の淵にいたという。松本監督は、篠崎さん自身の話を聞かせてもらい、彼女の人生を美沙という役に強く反映させていったそうだ。

▼【島田洋七と北野武】少し脇へそれるが、漫才師で作家の島田洋七さんは、かつて人気の絶頂から急激に転落し、生気を失ってしまった時、盟友の北野武さんから意外な言葉を掛けられたと、数年前にテレビで語った。その言葉とは「俺らの飯、作ってくんないか」。洋七さんは日々、武さんやその弟子の食事を作ることで、ひとまず、精神のどん底を切り抜けることができたという。分かる。人から食事を作ってもらうのではなく、人のおなかを満たすために料理することの作用は、とても分かる。

▼【土井先生】ちなみに、料理研究家の土井善晴さんが今年1月27日、ツイッターでつぶやいた言葉を、下記に引用させていただく。

「わたしは、人間が料理する意味をかんがえて、人間が料理することを、応援するわ。お料理がおいしいとか、まずいとかいう人間の喜びより、料理するという行為がもっと大事なこととかんがえてる。料理は生存本能(手段)であり、人間の創造のはじまりだから。」

▼【劇映画ならでは】『Noise ノイズ』は、無理に何かの答えを提示したり、無理に希望を見せる物語にはなっていない。登場人物の誰かに感情移入する人もいれば、全くしない人もいるだろう。押し付けがましくないところがありがたい。客観、相対化がじんわりゆっくりと心に作用してくることがある。ニュースやドキュメンタリーとは違う「劇」だからできることがある。2012年、園子温監督は、原発事故に直面した家族を描いた映画『希望の国』を撮った際、筆者の同僚の取材にこう語った。

「被災地の『情感』や『情緒』を記録したかった。それも、ありきたりの情緒でいい。みんなもう十分、『情報』には衝撃を受けたんです。ドキュメンタリーや報道は『あの時こうでした』と過去形で語ることしかできないけれど、映画は、あの日、あの時に何が起きたのか、目の前で『立入禁止』の柵を立てられて、出て行けと言われた人しか見ていないことを観客に追体験してもらえる。そこに作る意義があると思った」

▼先日、朝、筆者がテレビをつけると情報番組が映った。「また、危険なあおり運転です。新たなあおり運転の映像が入ってきました」。あおられている車に乗っている人が、ドアミラーを撮影していた。後ろから車間をギリギリまで詰めてきてはブレーキをかける車、その運転席の男は、窓からカッターナイフを持った手を出して自分の車をドンドンとたたき、威圧する声を発している。映像は短時間に何度も繰り返された。この日も嫌な朝になった。

▼松本監督は『Noise ノイズ』の舞台挨拶の最後、「今を苦しんでいる人たちにぜひ見てもらいたい」と語った。

(宮崎晃の『瀕死に効くエンタメ』第120回=共同通信記者)

※松本監督の映画『Noise ノイズ』は3月1日からテアトル新宿(東京)、3月29日からシネ・リーブル梅田(大阪)、3月30日からシネマスコーレ(名古屋)で公開。他、出町座(京都)、元町映画館(神戸)などで順次公開▼心筋梗塞で先日手術を受けた園子温監督の快復を祈念いたします。

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