平成の家族「フラリーマン」 妻子は愛す、でも帰れない

 昔ながらの家族像が残る一方、その有り様が多様化した平成の時代。家族の姿を追った。

 昭和型の「モーレツ社員」から、働き方は平成の31年で一変し、「イクメン」も月並みになったこのご時世。残業は減ったけれど、アフター5を持て余す「フラリーマン」があてもなく、街中をさすらっている。ふらふらと、家路は遠く。

 たそがれ時の武蔵小杉駅(川崎市中原区)。沿線に提灯(ちょうちん)が揺れ、背広姿が一人、また一人と暖簾(のれん)をくぐっていく。外資系のITサービス会社に勤める営業職の男性(35)も立ち飲み屋に続いた。

 駆けつけ1杯は、100円のハイボール。お通しをつまみながら、男性はひとり、ちびちびと飲み始めた。スマートフォンを取り出し、サバイバルゲームに興じる。いつもの晩酌。至福のひとときだ。

 大学を卒業してから、大手電機メーカーに務めていた。外回り営業から帰社するのは、もっぱら夕食時。それから見積書を作り、納品するシステムが仕様通りか確認する事務作業が待っていた。

 そんな旧来型の働き方に嫌気がさし、外資系に転職したのは6年前。ほぼ定時に大半の社員が退勤する環境に驚いた。分業化された職場に事務作業はほとんどない。残業は前職の4分の1ほどに減った。

 3杯目のジョッキを空けると、時計は午後9時を指そうとしていた。「さて、どうしよっかな」

 ここからほど近いマンションに、パート勤務の妻と2子が待つ。家族は愛(いと)おしいけれど、どうしても我が家に足が向かない。道草せずに直帰すれば、子どもと戯れ、風呂に入れ、寝かしつける役目が回ってくる。「父親としての期待値を上げてしまうじゃないですか」

 自身の父親も、家事や育児に熱心だった記憶はない。「おやじって、ふらふらして帰って来るもんでしょ」。千鳥足で頭にネクタイを巻き、すし折りをぶら下げて-。幼少から、サラリーマンはそんなイメージだった。

 平日くらいは「自由」を守りたいと思う。帰宅はいつも夜更けだった前職時代が習慣になり、妻の文句はない。赤ら顔でも、得意先の接待続きと勘違いされるのか、むしろ気遣われる。だから、「土日はいいパパしてます」。帳尻を合わせるためにも。

 やがて、カラオケ店に入った。ここも定番のコース。10曲近く歌い上げ、満足そうだ。「さあ、帰ろっか」。午後10時半、腕まくりしたシャツの袖を戻し、ようやく帰路に就いた。

◆「働き方改革の反動」

 「フラリーマン」はなぜ、現れたのか。この造語を考えた目白大名誉教授の渋谷昌三さん(72)=社会心理学=は「働き方改革の反動」と指摘する。

 渋谷さんはもともと、15年前に出版した著書で、家庭に居場所がない定年退職した団塊世代を指して命名した。最近は当時と比べてワークライフバランスが重視されるようになり、残業が減り、30~40代の「新種」が登場したという。

 安上がりで長居できる立ち寄り先も多様化した。お金はないけれど、時間を持て余す父親世代のニーズと合致し、近ごろはフラリーマンになりやすい環境といえるそうだ。

 慣れない家事や育児をたまに手伝い、妻の機嫌を損ねた失敗から、家路が遠のく場合もあるという。「家事・育児は主婦からすれば日課。気まぐれでペースを乱されれば当然、不愉快です」。渋谷さんは、家庭内の役割分担がフラリーマン予防に効果的とみる。

 家事や育児の無償労働を金銭に換算した場合、内閣府の直近の推計(2016年)によると、専業主婦は1人当たり年間304万5千円、仕事を持つ既婚女性は235万7千円だった。

 夫婦問題カウンセラーの小林美智子さん(59)は「妻の日常がどれだけ大変か、フラリーマンはわかっていない。夫は稼ぎ頭だからといって、家事・育児を妻に丸投げしていいわけではありません」とバッサリ。

 一方、妻側にも気遣いが必要なようだ。とりわけ、命令口調は厳禁という。「夫は責められているようで気分を害してしまう。家庭で居心地が悪くなり、さらに『恐怖症』にもなりかねない」と小林さん。「~してくれるかな?」と選択の余地を残してみては、と提案する。

 渋谷さんによると、男性は本能的に寄り道しがちな性分なのだとか。「小一時間くらいのふらふらは大目に見てあげて」。小林さんは「ただし、奥さんに甘え過ぎると痛い目に遭いますよ」

武蔵小杉駅前をさすらう男性。小遣いは月5万円。いつも安上がりの居酒屋に入る

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