第3回 東京電力だけを責めて何になる!?

東日本大震災における東京電力の状況については、すでに十分すぎるほど各マスコミで議論されているわけですが、本稿では、リスクファイナンスの視点から、問題の本質がどこにあるのか、今後、東京電力がどのような姿になっていくのかを考えてみたいと思います。

雪印乳業と東京電力の比較

さて、現在の東京電力の状況はどうでしょうか。前号までの雪印乳業の場合と同じように、東京電力のケースをなぞってみました。平成21 年3 月期までは新潟県中越沖地震で被災した柏崎原子力発電所の復旧費用等があり赤字で、平成22 年3 月期にようやく黒字になったばかりでした。

右記のように、東京電力の22 年3月末の手元現金・預金残高は平均月商の0.43 カ月分です。

手元現金・預金残高は月商の1カ月分くらいあった方が良いと言われています。東京電力の手元現金・預金残高は過小です。しかし、東京電力の財務担当者は地震が発生して、万一、原子力発電所で事故が起こっても、「原子力損害の賠償に関する法律」の規定*1に免責条項がありますから、自社が資金的に行き詰まるなどということは全く考えていなかったと思います。

*1「原子力損害の賠償に関する法律」の規定…第二章 原子力損害賠償責任(無過失責任、責任の集中等)第三条 、「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。」

前回、書きましたように、雪印乳業の手元現金・預金残高は過小でしたから、私は「事故発生後、短期間で雪印乳業の手元資金は底をつき、金融機関の支援が無ければ、資金的に行き詰まる恐れがある」と考えていました。しかし、投資家も世間も雪印乳業が事故発生後わずか3週間で資金繰りに窮するとか、また万一、資金繰りに窮したとしても、その場合にメインバンクが支援しないなどということは全
く考えていなかったわけです。この理由は単に世の中で誰もそう言わなかったからです。従来、我が国の新聞・雑誌はある企業が倒産の危機にあるとはなかなか書きませんでした。

ところが今回は、先ず3月21 日にファイナンシャル・タイムズが社説で、東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故に関連した巨額の損害賠償で、「東京電力は現在の形態で存続できないだろう。国有化される可能性もある」と指摘しました。これに続いて、ロイター、ウォール・ストリート・ジャーナル等が次々に東京電力の財務的な不安を記事にしました。この結果、国内の新聞・雑誌も後追いを
しました。

3月23 日、震災発生後わずか12 日目に「三井住友銀行など3メガバンクと中央三井信託銀行など4信託銀行が2兆円規模(月商の5 カ月分)の緊急融資を実施する方向で検討に入ったことが分かった。7行は月内にも融資する見通し」との記事が各紙で報じられました(雪印の場合は6月27 日事故発生の3週間後に300 億円(月商の0.6 カ月分)を貸し出すと報道)。

当面の資金繰りが解決したにも関わらず、信用不安から東京電力の株価は急落を続け、4月6日には一時、年初来安値292 円(年初来高値比13%)まで下落しました(雪印の場合は前月高値比57%まで下落)。

東京電力が、仮に約3兆円以上の損害賠償を負担すれば、自己資本はマイナスになります。更に大震災による被害の復旧費用、発電コストの上昇、売上減による収益の悪化、原子力発電所の事故処理費用等が資産内容を悪化させます。また、数万件以上に及ぶ損害賠償の手続きを東京電力が行えば、その事務処理費用も莫大になると思います。さらに、今後、東京電力の社債の発行は難しくなると思いますから、社債の償還資金も銀行から借入れなければなりません。将来は10 兆円を超えると思われる銀行の貸付金債権の内容が悪化すれば我が国の金融機関の国際的な信用にも影響すると思います。奥全銀協会長が「2 兆円は日本の産業を守る社会的使命によって融資した。今後の融資のためには政府の一定の関与が必要」と言っておられますが全くその通りです。今後の推移が注目されます。

一方、現在、東京電力の資金繰り対策、資本注入対策などが議論されていますが、企業と国が損害賠償をどう負担するかの議論は見当たりません。戦慄すべき事態です。

米倉経団連会長は、「東京電力に対し原子力損害の賠償に関する法律の免責条項の適用をするよう」政府に求めておられますが、枝野官房長官は「損害賠償は第一義的には東京電力の負担だ」と言い続けておられます。そのため東京電力の信用不安は解決せず、株価が暴落しているわけです。政府は「電力の安定供給を図るため、十分検証の上、国民も納得できる形で企業と国の負担割合を決めたい」と言えば良かったと私は思います。

事故発生の原因である津波想定に対する不信、発生後の事故処理対応に対する不安、広範な損害の発生と被害者への対応の不十分さ、クライシス・コミュニケーションの不手際等々、東京電力に対する厳しい国民感情は否定できませんが、国の方針に従って原子力発電所を建設し、運営していた東京電力だけをバッシングしても、問題の解決にはならないと思います。

東京電力が免責をされない理由は何か?問題は、なぜ今回の福島第一原子力発電所の事故に関連した巨額の損害賠償責任は全面的に東京電力にあるのかです。

「原子力損害の賠償に関する法律」第三条 「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」という免責条項が今回の東京電力のケースには適用されない理由はまだ十分明らかになっていないと思います。「国民感情から」と言うのでは十分な理由にならないと思います。それでは、①「異常に巨大な天災地変」では無かったからなのか。

そんなことはないと私は思います。

政府からは「異常に巨大な天災地変」では無いと言う意見が出ていますが、それでは「原子力損害の賠償に関する法律」第三条ただし書の意味はほとんど無いと思います。そして、この場合は下記の条項による処置が取られるものと考えます。

「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条
政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者(外国原子力船に係る原子力事業者を除く。)が第3条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。

2  前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。

なお、今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」ではないとなれば次項以下の検討の意味も無くなります。

②今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」だったとして、東京電力は国の方針に従って原子力発電所を建設し、運営していなかったからか。

これは、厳密な検証が必要だと思います。平成18 年9月19 日・原子力安全委員会決定の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の最後に

8.地震随伴事象に対する考慮
施設は、地震随伴事象について、次に示す事項を十分考慮したうえで設計されなければならない。
(1)略
(2)施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波によっても、施設の安全機能が重大な影響を受けるおそれがないこと。

とありますが、監督官庁である原子力安全・保安院が、8−(2)に関して東京電力に警告を発していた様子はうかがわれないと思います。想定外という東京電力の弁明からは言われた通りにやっていたことだったように思われます。

③今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」だったとして東京電力は、想定していた以上の今回のようなリスク発生に対して備えていなかったからか。

これは大変難しい問題です。

リスクマネジメントに関する研究仲間が2007 年7月24 日に福島県共産党委員会が東京電力株式会社に出した申し入れのことを教えてくれました。ホームページを見ますと、「申し入れの第4項で、福島原発はチリ級津波が発生した際には機器冷却海水の取水ができなくなることが、すでに明らかになっている。これは原子炉が停止されても炉心に蓄積された核分裂生成物質による崩壊熱を除去する必要があり、この機器冷却系が働かなければ、最悪の場合、冷却材喪失による苛酷事故に至る危険がある。と指摘し、そのため私たちは、その対策を講じるように求めてきたが、東京電力はこれを拒否してきた」と記述されています。それが現実のことになってしまいました。

企業は一定レベルのリスクを「想定」してリスク対策を行います。M 9クラスの地震は世界では既に起こっており、貞観地震のことも語られている等、今回の事態は全く予想もできなかったことでは無いものと考えます。

「原子力損害の賠償に関する法律」第三条の免責条項が適用されるためには、先の「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」の「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」としてM9 クラスまでの地震・津波対策を講じておく必要があったのかということになります。東京電力はそこまで考えていなかったと思います。

それでは原子力安全委員会、原子力安全・保安院の役目は何だったのでしょうか(今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」ではなかったとすれば、なおさらその感がします)。

一般には、企業の体力に応じた想定リスクのレベルを定め、企業の想定以上のリスク発生時にはどうするかを企業倒産も視野に入れて考えておくことが現実的だと私は思います。個別企業のリスク管理の場合は企業の命運と従業員の命にはかかわりますが、世の中への影響は少ないと思います。しかし、国とか地方自治体、あるいは原子力発電など「想定外のことが起こってはいけない」場合の「想定リス
クのレベル」について、それで良かったのかが今回シビアに問われていると考えます。ただし、だから東京電力に全面的に損害賠償責任が生ずるのでしょうか。

④今回の地震・津波が「異常に巨大な天災地変」だったとして、東京電力は、リスク発生後の対応に不備があったからか。
これについては議論が多いと思います。しかし、リスク発生後の対応が悪かったら全面的に免責条項が適用されないということになるのでしょうか。

4 月23 日付けの産経新聞の社説「許されぬ政府の責任逃れ」は「問題は大震災が原子力損害賠償法に基づく免責適用の対象に当たるかどうかについて、明確な判断と説明を欠いていることだ」と主張していますが、全く同感です。

今後、電力各社は原子力発電事業の運営にあたり、自然災害のリスクをどう想定するのか、免責条項が適用されるためには、どこまでの対策を講じておかなければならないかがはっきりしないという大きなリスクを負うことになり、場合によっては、今回のように会社の根底を揺るがすことになります。

この結果、原子力発電所の地震・津波対策は充実するでしょうが、発電コストの上昇は避けられません。今後の原子力発電所の新設の問題にも関わる等、我が国のエネルギー対策の根幹に関わる問題だと思います。

チッソのケースは参考になるのか
東京電力の今後の姿について、水俣病を引き起こしたチッソの例から考えてみたいと思います。

水俣病は、チッソ水俣工場の工場廃水に含まれて排出されたメチル水銀化合物が水俣湾内の魚貝類を汚染し、それを摂取した地域住民が発病したものです。チッソの水銀汚染(水俣病)は昭和25 年(1950年)ころから発生していましたが、チッソは自社の責任とは認めず、原因が中々特定されなかったのですが、昭和48 年(1973 年)に原因が確定しました。チッソ側では、その後、水俣病の補償金が急増しました。

チッソの場合は「原子力損害の賠償に関する法律」のようなものはありませんでしたから、補償金は全額チッソの負担になりました。

昭和48 年3月期(6カ月)チッソの売上高264億円、純利益7 億円に対し、水俣病関係費用は66億円が計上されました(昭和47 年9 月末自己資本は70 億円)。

昭和53 年(1978 年)3月末には繰越欠損金は363 億円に達しました。期末自己資本は△ 276 億円となり、上場廃止に追い込まれました。

熊本県は県債を発行して、チッソに補償費用の融資を行っており、水俣病の補償遂行のため 会社は存続していました。

平成17 年3 月(2005 年)期の状態は、売上高1147 億円・経常利益78 億円(水俣病補償損失45億円・公害防止事業負担金12 億円)、期末繰越損失1509 億円、長期借入金1420 億円でした。年間売上高を上回る繰越損失、長期借入金(熊本県からの借入金)で、返済も容易でなく、金利が上がれば利益も危ない、実質死に体状態でした。

22 年(2011 年)3月期は売上2612 億円、経常利益220 億円、純利益105 億円(水俣病補償46 億円)、長短借入金1881 億円、純資産合計△ 807 億円と状況は大分改善されました。23 年3月末に分社化し、事業譲渡受会社はJNC ㈱(チッソ子会社)、チッソ㈱は持株会社となり、従来同様補償を継続することになりました。原因確定から38 年後のことです。

東京電力の処理も長期間掛ることでしょう。

 

企業の損害はどうするのか
ちなみに、今回、福島第一原子力発電所の事故による農業・漁業の損害について補償は当然のことと議論されていますが、企業の損害についてはあまり議論されていません。

計画停電については、「電気供給約款」の下記の条項が免責の根拠だと思います。

40 供給の中止または使用の制限もしくは中止
(1) 当社は,次の場合には,供給時間中に電気の供給を中止し,またはお客さまに電気の使用を制限し,もしくは中止していただくことがあります。
イ、ロ、ハ(略) ニ、非常変災の場合
42 損害賠償の免責
(1) 40(供給の中止または使用の制限もしくは中止)(1) によって電気の供給を中止し,または電気の使用を制限し,もしくは中止した場合で,それが当社の責めとならない理由によるものであるときには,当社は,お客さまの受けた損害について賠償の責めを負いません。

「原子力損害の賠償に関する法律」の免責条項が不適用の理由を明らかにすると同様、「電気供給約款」の免責条項は適用される理由も明らかにされるべきではないかと思います。

阪神淡路大震災の時、兵庫県議会で「地震による中小企業の被害を国や県は救済できないのか」と言う質問がありました。「資本主義社会だから特定の企業に国費や県費を出すことはできない。〈長期低利融資で助ける、利息は出来るだけ補給する〉のが企業救済の限界だ」という答弁がなされました。東京電力の負担能力の問題はあるでしょうが、計画停電、節電に関して個人や企業の蒙った損害の責任に関する議論はなされなくて良いのだろうかと思います。

 

最後に
「今回の地震・津波は〈異常に巨大な天災地変〉では無い。従って東京電力に賠償責任がある」となった場合、東京電力は巨大な賠償責任を到底負担できないと思います。そこで「原子力損害の賠償に関する法律」第十六条により「政府は原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内で行なう」ことになるのだと思われます。

政府は明確にしていませんが、今報道されている支援策は損害賠償の責任と賠償の事務処理の負担が東京電力にのみにあることを前提に、資金援助や資本の注入のスキームを考えているように見えます。

リスク発生後、企業はキャッシュフローが破綻すれば倒産します。今回の場合、仮に政府が、キャッシュフローの支援策を確立しても、チッソ以上に悪化するであろう財務体質の改善は容易なことではありません。長期的に悪化する財務体質の中で、電力の供給責任を維持し、金融機関の融資・社債権者の保護を図り、国民負担の最小化を図るなど数多くの難題の処理が待っています。東京電力のケースは、リスクの発生によるキャシュフロー・財務体質の悪化、企業の将来に関して極めてシビアな問題を我々に投げかけています。すべての企業に取って他人事ではありません。

東京電力については、今回のことを契機に事故発生に至る経過の検証の後、原子力発電事業のリスク対応について、国の責任分担をも含めどうあるべきかの議論が行われることを期待致します。                   ※4月末時点で執筆

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