最終回 戦後日本のアメリカ流マネジメント手法の導入 品質管理(Quality Control)導入の過程を振り返る

1.品質管理(Quality Control)導入の過程
我が国における品質管理(QualityControl)導入の過程については、1997年8月刊行の「日科技連創立50年史」に詳述されています。http://www.juse.or.jp/about/pdf/history/history502.pdf  

我が国が第二次世界大戦に敗北した翌年の1946年11月に、連合軍最高司令部(GHQ)の担当者が統計的品質管理の導入を勧告しました。当時は我が国の産業界では品質管理に関する認識がいたって希薄でした。1949年、日科技連(日本科学技術連盟)が経済安定本部から「海外技術調査」の委託を受け、この調査が品質管理セミナー実施に結びつきました。 

1949年9月に第1回「スタチスカル・クゥオリティ・コントロール・セミナル」が開催されました。1950年6月にアメリカからデミング博士が初来日し、各地で講義を行いました。9月に統計的品質管理の研究のため数理統計の研究者、企業の技術者の自由参加による研究会が発足しました。東京大学の石川馨教授をはじめ、東京工業大学、神戸大学、総理府、日科技連、太平鉱業、三井化学工業のメンバーが参画しています。同年後半には日本科学技術連盟編「品質管理教程」を作成、教材も充実してきました。1951年9月には第1回デミング賞の授賞式が行われました。 

ここで注目すべきことは、導入のスピードの早さです。戦後我が国の技術の後進性が極めて大きいことが認識され、官民を挙げて、遅れを取り戻し産業の合理化と高度化を実現しようと努力していた時代であったからだと考えられます。         

日本科学技術連盟は、その後経営トップのための講習会、部課長クラスのための講習会などを次々に開催し参加者も急増しました。例えば1954年に東京、大阪で開催された部課長クラスのための講習会には300名が参加したと記録されています。1955年8月デミング博士来日の際、箱根・山のホテルで開催された経営者のためのセミナーには46社48名のトップが参加し、参加した経営者は「よい話でした。何時間聞いても飽きません」「帰ったら早速品質管理をやります」と口々に感激を語り合ったと記録されています。また、職組長クラスへの講座も並行して開催されています。 

1962年4月「現場とQC」が創刊され、5月に現場のQC活動に対しQCサークル本部が設置されました。かくして、品質管理の普及活動は経営層・管理層・現場の3本立てとなり、QCサークル活動は“カイゼン”の名のもとに海外でも取り入れられました。

2.品質管理導入時の問題点 

私は1961年に生産性本部の中小企業コンサルタント指導者養成講座に1年間参加し、石川馨教授の「SQC(統計的品質管理)」の講義を受講しました。

当時メーカーに勤務している友人たちが日科技連のQCセミナーに参加するという話を数多く聞きました。 

同年9月には、愛知県刈谷市にある中堅メーカーで2週間をかけて「SQC」のコンサルティング実習に従事しました。その実習の報告書をひもときますと、

①親会社から半強制的に品質管理の導入を指示され、統計技術を講習会で習得しこれを忠実に実施しようとしているに過ぎない。

②工程管理は増産のための進度統制の面から進められているだけである。

③品質管理に対する理解は不十分で、教育訓練もなされていないため、全社的盛り上りが無く、現場と品質管理担当者との乖離が甚だしい。 
結論として、管理以前の状態において、いかなる高等な管理技術を駆使せんとしても、無益である。いやそれよりも有害であるとさえいえる、と慨嘆しています。 

SQC(統計的品質管理)が有効に機能するためには、まず生産工程が安定して不良品の発生する原因がトコトン排除されていることが前提となります。当時この会社では、工程管理の重点は増産のみにあって、生産工程の安定を顧慮しないまま増産し、製品を全数検査して不良品を排除していました。SQCの前提が安定した生産工程であるということが、現場に浸透しないままSQCを強行すれば、現場は不安と不信の念を持つだけです。 

1961年の地方の中小企業と、現在の企業とを比較するとお叱りを被るかと思いますが、いかなる経営管理手法の導入についても、経営者や社員が経営管理手法の真の意味を理解しないまま導入すれば、決して成功しないと思います。 

当時は、SQCの導入後10年余りのころなので、こうした混乱は各所にあったと思われますが、その後、日本科学技術連盟と企業の努力によって、SQCは着実に我が国の企業に定着して行きました。

さらに生産部門の管理手法であったSQCは、我が国で独自の発展を遂げ、総合的品質管理(Total Quality Control:TQC)へと発展しました。 

総合的品質管理の成果により、我が国の工業製品の品質は飛躍的に向上し、その後の日本経済の発展拡大に大いに貢献したことはご承知の通りです。

 

 

3.経営者によるTQCの活用

前述の東京大学石川馨教授の弟にあたられる鹿島建設の石川六郎氏は、日本経済新聞の「私の履歴書」に次のように書いておられます。

 

 

 

「私は1978年社長に就任し、ただちに精神作興に取り組むことを社内に宣言した。(中略)具体的手法としてTQC(総合的品質管理)を導入する。私は長兄の馨に相談した。馨はTQCを推進している学者グループの代表の一人だった。QCは米国が本家の経営手法だが、日本では経営者が先頭に立って、全社で取り組もうというTQCに発展した」 

 

経営者が新しい経営管理手法の導入を手段として、経営体質の改善を行った好事例です。

4.品質管理の導入はなぜ上手くいったのか。 

アメリカから輸入したSQC(統計的品質管理)という経営手法が我が国の企業に定着し、さらに我が国独自のTQC(総合的品質管理)にまで発展した理由について、私は次のように考えています。

①当時の、経営者・管理者・現場には、我が国の技術の後進性が極めて大きいことが認識されており、企業構成員のすべてがSQCの導入に熱心であった。
②日本科学技術連盟を中心として、産、官、学一体となった普及活動が強力に推進された。
③SQCは生産部門という、単一の部門に対する管理手法であったため、経営者の理解も得易く、縦割色の強い我が国企業において、他部門との調整をあまり必要としないで導入が可能であった。
④我が国企業は、もともと生産工程の中に現場を含めて、情報の共有と協調の仕組みを持っていたため、現場を含めて同一の情報を基盤に自発的に生産工程を「改善」して、高い品質と生産性を実現できた。
⑤SQCがまず企業に定着できた結果、SQCの思想・手法を全社に適用して経営の高度化を図る我が国独自のTQC(総合的品質管理)に発展し、全社的な経営管理手法に進化させることが可能となった。 

また、石川教授らは我が国に適した品質管理手法の確立という確固たる思想を持っておられ、この点がTQCに発展し、QCが我が国に定着した最大の原因だと思います。 

一橋大学の佐々木聡教授の『戦後日本のマネジメント手法の導入』(一橋ビジネスレビュー・東洋経済新報社・2002年秋号)では、1955年から開始された、生産性本部の海外視察団のことにも触れられています。当時そのスケールから「昭和の遣唐使」と言われ、受入各国がその熱心さに驚嘆したといわれる視察団は、技術専門の分野から経営管理、中小企業へと範囲を拡大していき、品質管理のみならず、マーケティング、ヒューマン・リレーションズなど多くの経営管理手法が我が国企業に導入されました。 

これらの経営管理手法の導入の中で、日本化に成功した唯一の事例がQC(品質管理)です。当時、SQCを学び、あるいは生産性本部の海外視察団に参加した人々は、既にリタイアし、企業にその精神はほとんど残っていないと思います。今我が国企業の活性化が叫ばれている折から、我々はこうした「戦後日本のマネジメント手法の導入」の歴史を振り返って教訓を汲み取る必要があります。

5.品質管理導入の歴史と対比したリスクマネジメント・BCP等導入の問題点 

QC(品質管理)の導入と定着の過程は、QCという言葉をリスクマネジメント、ERMや内部統制コーポレート・ガバナンス体制の導入と定着という言葉に置き換えて考えてみるときに我々に数多くの示唆を与えてくれます。 

それでは、我が国の企業がコーポレート・ガバナンス体制の構築、内部統制に支えられたリスクマネジメント→ERMを導入するについて、品質管理の導入時と現在とはどのような相違点があるのでしょうか。

①危機意識の欠如   
アメリカやイギリスにおいては、数多くの企業の不祥事の反省からコーポレート・ガバナンス体制構築についての議論と実務が積み重ねられ、一方、内部統制によって支えられるリスクマネジント、さらにはERMの実践が求められてきました。我が国においても最近、著名企業において色々な不祥事が続発し、また東京電力福島第一原子力発電所の事故などが発生して、我が国の企業経営の在り方が問われています。 

その対策としてのコーポレート・ガバナンス体制の構築やERM、BCPが叫ばれています。しかし我が国の企業経営者のすべてが真に危機意識を持って取り組もうとしているのかは疑問だと思います。 

品質管理と違って、全社的な問題であるという我が国の縦割りの企業組織についての技術的な問題も無視できませんが、経営者の危機意識の欠如が根本の問題だと思います。経営者に危機意識があればいかに多忙であっても外国の動向を理解し、経営者自らがリーダーシップを取って対処することになるはずですが、経営者を含め、真摯に取り組む姿勢が不十分な企業がまだまだ存在することは憂慮に耐えません。先にも述べましたようにQC(品質管理)導入時の危機意識や熱気を覚えている人達は企業から去っていると思いますが、改めて当時の精神に立ち帰ることが必要だと思います。 

5年ほど前、私がある外資系の出版社の手伝いをしていた時に、デミング博士の自叙伝を翻訳出版しようと思って、日本科学技術連盟にご意見をお聞きしました。日本科学技術連盟は、「現在日本において生産部門の地位は当時に比し低下しています。デミング賞も国内で無く、東南アジアの会社の受賞が増えています。恐らくデミング博士の自叙伝は日本ではあまり売れないでしょう」ということでしたので出版を断念しました。私が若い頃の世の中のQCに対する熱気を思い出す時、隔世の感があります。

②導入にあたり、中心となって推進する団体、リーダーがいない 
品質管理導入時には、日本科学技術連盟(会長は初代経済団体連合会会長石川一郎氏)が普及の主体となり、普及が進むにつれて、個別的なコンサルティングを行う民間のコンサルティング会社が発達しました。 

今日コーポレート・ガバナンス体制の構築、内部統制とリスクマネジメント、さらにはERMを導入推進するについては、当時とは逆に個別的なマターを扱う民間のコンサルティング会社はおびただしくありますが、我が国全体として導入の推進を図る、かつての日本科学技術連盟のような団体は存在しません。監査法人系は従来のリスクマネジメントの経験が少なく、損害保険会社系や、リスクマネジメントの専門家は、コーポレート・ガバナンスや内部統制についての経験が少ないという問題点もあります。 

学問の世界を見ても、コーポレート・ガバナンス論、監査論(外部、内部、監査役)、リスクマネジメント論など専門分野が多岐にわたるので、内部統制、リスクマネジメント、さらにはERMをコーポレート・ガバナンス体制構築の見地から企業に導入するについて指導的な役割を果す学者の存在もはっきりしません。

コーポレート・ガバナンス体制構築のため内部統制に支えられたリスクマネジメント、さらにはERMを導入するについては各部門にまたがる問題ですから、企業の担当部門としては経営企画部、総務部、経理部、監査部、法務部、リスク管理部等多くの部門が関係します。 

また、関係者の間で現状とあるべき姿についての共通認識が醸成され難い状態にあると思います。従って企業において何れかの部門が中心となって推進するにしても、経営者の明確な指示が無ければ推進は到底不可能です。 

経営者をはじめ関係者は、旗を振る外部の組織が無ければ、体系的に学ぶことは困難です。このような状態で経営者が自発的に問題の本質を理解し、重要性の認識を持つことは容易ではありません。

③経営者の理解 
統計的品質管理の本質を経営者が理解するのは容易でした。なぜならば、品質管理は主として製造部門の問題であって、理論は単純であり、製造担当役員を頂点とする製造部門が推進すればよかったので、縦割りの日本企業においては、やり易いことであったと考えられます。 
経営者が自発的に問題の本質を理解し、重要性の認識を持つことは容易ではありません。 

しかし、部下が経営者を啓蒙し、リーダーシップを取らせるのは大変難しいことですから、経営者が自ら事の本質を理解してこの問題に取り組むことしか方策はありません。6.日本の実情に適した管理体制を 話は横道に逸れますが、私はバラの栽培が趣味です。西欧の園芸・バラの栽培と日本の園芸の異なる点ですが、盆栽や、サツキ(皐月)、菊などは、栽培法の本には書ききれない微妙な技術が要求されます。バラの栽培は、本当は微妙な技術が要求されているのかも知れませんが、本に書いてある通りのプロセスをキチンと守れば綺麗な花が咲いてくれます。

また、欧米のバラの花の写真は大体満開です。日本のバラの花の写真は7分咲きか8分咲きくらいです。これは欧米人と日本人の美的感覚の差異だと思われます。生け花とフラワー・アレンジメントの感覚の相違とも言えます。 

言いたいことは、欧米から輸入されたものが、日本人の感覚の相違によって異なるものになるということがあるということです。園芸の微妙な技術・花の美しさに対する相違と同じようなことが、経営管理手法の導入にあたってもあるように思われます。 我が国では法制度と実務が乖離している場合が多々あります。欧米から輸入した株式会社法の建前と、我が国の株式会社の実務・実状との甚しい乖離も大きな問題です。ごく最近そのことを痛感しました。 

繰り返しになりますが、経営管理手法の直輸入では無く、わが国の実情を考慮して根本精神を失うことなく、日本化することが大切だと思います。しかし、現状我が国にそのような人材がいるのか疑問です。

○参考文献:
*一橋大学 佐々木聡教授 『戦後日本のマネジメント手法の導入』 『一橋ビジネスレビュー』(東洋経済新報社)2002年秋号
*財団法人日本科学技術連盟 「創立50年史」

(了)

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