父子が精魂、300年の技 神奈川県内唯一の「矢師」

 弓道の矢を県内で唯一作り続けている店が伊勢原市内にある。同市板戸の安田弓具店。秋に刈り取って乾燥させた篠竹(しのだけ)に似た矢竹(やだけ)を使い、春が近づくころから本格的な作業に取り掛かる。矢竹が最近減少していることに気をもみつつ、職人の父子2人は一本一本に精魂を込めている。 

 店内の作業場に置かれた直径45センチの大きなすり鉢。中には灰で固めた山が作られ、トンネル状に開けた穴に真っ赤な炭火がのぞく。

 すり鉢の横に座るのは、70年近く矢作りを続ける安田正清さん(84)。先端から湯気が出るほど炭火で熱した矢竹を取り出し、専用の道具で曲がりを矯正していく。

 この作業を何度も繰り返した上で、太さをそろえて削り、真っすぐな矢に仕上げていく。顧客の癖ものみ込んで一人一人に合うようにする矢作りは、完成するまで1週間かかる。

 安田さんによると、弓矢は、弓を作る「弓師(ゆみし)」、矢を作る「矢師(やし)」、手にはめる手袋に似た弽(ゆがけ)を作る「かけ師」の3者の分業で製作される。

 矢の長さは長い人で105センチほど、短い人で82~83センチ。長さに違いはあっても1本に四つの節がなくてはならない。矢の重さは25~30グラム。強い弓を使う人ほど重くなる傾向がある。

 後部に付く羽根の材料はイヌワシが良いとされる。毎年抜け替わって落ちる羽根を使うが、国内での入手は困難。安田さんは北海道の知人を介してモンゴルから取り寄せる。

 イヌワシの羽根が高価なこともあり、4本1組で普及品が5万円。中には1組30万円の高級品もある。それでも、東京都内の相場に比べて3割以上安い。

 家業の始まりは江戸時代にさかのぼる。安田さんの先祖が、東京・銀座で矢作りをしていたという。明治になって伊勢原に居を移したが、職人の技は300年近く引き継がれてきた。

 「お客さんの要望を聞きながら、売り物になる矢を作るには10年くらいかかる」と安田さん。テレビ局から時代劇用の安い矢の注文もあり、それも含めると竹の矢だけで年間千本以上製作する。

 2年ほど前からは伊勢原市のふるさと納税の返礼品にも選ばれた。初心者用のジュラルミンの矢はそれ以上の本数を製造する。

 悩みの種は、材料となる矢竹が少なくなってきたこと。以前は周辺の斜面地などに多く自生していたが、高速道路工事などの影響もあり、数が減ったという。

 父親と一緒に矢作りをする長男の一(はじめ)さん(51)は「貴重な材料の矢竹がまとまって生えていて、切らせてくれるところがあったら、ぜひ教えてほしい」と呼び掛けている。同店は電話0463(95)0512。

すり鉢でおこした炭火で矢竹を熱する安田正清さん=伊勢原市板戸の安田弓具店、2019年2月15日撮影

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