家族、故郷、未来… 尊厳問う福島の声、9日から映画上映

言葉を絞り出し、静かに語る杉下初男さん((c)DOI Toshikuni)

 東京電力福島第1原発事故の被災者が8年間、心底に鬱積(うっせき)していた思いを吐露するドキュメンタリー映画「福島は語る」が9日から、「横浜シネマジャック&ベティ」(横浜市中区)で上映される。家族とは、故郷とは-。理不尽にも未来への夢を壊され、人生を狂わされた14人の言葉が、人間が生きる上での普遍的なテーマを浮き上がらせる。

 監督はフリージャーナリストの土井敏邦さん(66)。パレスチナの取材を30年以上続けてきた。故郷を奪われたパレスチナ人を追い掛けてきたからこそ「自分にしかできないことがあるはず」。震災直後から被災者に密着し、「飯館村 第一章・故郷を追われる村人たち」(2012年)、「飯館村-放射能と帰村-」(13年)を制作。“福島の声”を届ける作品としては3作目となった。

 きっかけは14年3月に参加した「福島原発告訴団」の証言集会だった。放射能汚染で生業が行き詰まった農家や、避難生活で家族と離散した人たちの苦悩に満ちた言葉に改めて衝撃を受けた。

 使命感が湧き起こった。「この声を今の日本人は聞かなければいけない。伝えなくては」。告訴団団長で作品にも出演する武藤類子さんを介し、100人を超える被災者と対話した。映画では、深い思いを吐き出した14人が「悲憤」「抵抗」「喪失」など全8テーマごとに登場。静かな語り口が人間の尊厳に関わる普遍的な問題を提起していく。

 「子どもの体が一番大事。守るためなら何でもやる」。涙を浮かべて訴えるのは、2児の母で県外に自主避難している岡部理恵子さん。県内に残って仕事を続ける夫と考えが対立。夫婦の溝は広がっていく。

 杉下初男さんは、脱サラして始めた石材加工の事業が軌道に乗り、家を新築した直後に被災。追い打ちを掛けるように避難先で35歳の息子を亡くした。「こんな狂った人生になるとは夢にも思わなかった」。押し込めていた思いが涙とともにあふれ出た。

 公開時期を「(20年)東京五輪の前と決めていた」と土井さん。「絶望感から希望を失って体を壊し、心を病んでいく人たちが増えてきているのに、何が五輪だ。何が(25年の大阪)万博だ。彼ら彼女たちのことをわれわれは忘れていいのか」と訴える。

 全国14カ所で順次上映。横浜では22日まで。9日は土井さんが舞台あいさつする。問い合わせは、横浜シネマ ジャック&ベティ電話045(243)9800。

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