【世界から】スイス、子どもたちの教育環境は今

公立小学校の授業風景=中東生撮影

 日本でも受験シーズンが最終盤を迎えている3月12日、スイスのチューリヒ州でも中学・高校に相当するギムナジウムへの入学選抜試験が行われた。そこでスイスの受験事情をリポートしようと調査を進めるうち、懸念があることに気づいた。

 スイスは連邦制のため州によって受験システムが異なる。そこで、ここでは経済の中心であるチューリヒ市に焦点を当てる。同市では2008年、5歳児からの2年制幼稚園が義務教育に組み込まれた。小学3年生までは遊びながら学び、4年生から「長期ギムナジウム」(6年制の国立中等教育機関で、高等専門教育への準備過程)の受験が視野に入って来る。試験科目はドイツ語と算数と作文だが、採点方法は「入試の得点+内申点÷2」なので、普段の授業や宿題、テストも気を抜けない。

 大抵の小学校は各学年1、2クラスと小規模なものだが、最寄りの公立小学校では17人いる6年生クラスのうち15人が受験予定だった。試験に合格しても半年の「仮入学期間」があり、その後に不適合と判断される子供が約3割もいる。スイス全体における長期ギムナジウム進学率はおよそ15%と言われている。その一方、富裕層が居住する地区でのそれは7割以上とされる。地域差はやはりあるのだ。

▼豊富な選択肢

 長期ギムナジウムに進学しなかった子供は地元の中学校へ入学する。彼らは中学2年と3年の時に、「短期ギムナジウム」(4年制)を受験することができる。その際にはフランス語が試験科目に加わる。ここでも半年間の仮入学期間が設けられているが、ここで不適合になった場合、翌年に無試験で再入学することが可能だ。日本における「総合大学」に近い「一般大学」に進学するにはいずれかのギムナジウムの終了試験に通る必要があるが、例えば教育大学のような「単科大学」への進学を目的とした専門高校やIT専門高校、商業高校などを受験する道もある。

 これ以外の子供たちは14歳から履歴書を書き、職業訓練学校での勉強が義務づけられている見習い就職先を自分で探すことになる。就職先が見つからなかった子供は1年間就職活動をサポートしてくれる学校に通うこともできる。こうして義務教育が終わる15歳の時点で、「見習い就職をしている子供」と「ギムナジウムや専門高校に通う子供」に分かれることになる。厳しい選抜試験があって、本当に学びたい者のみが大学に通うため、大学への進学率は約2割と高くない。しかし、さまざまな選択肢が用意されているため、大卒でなくても成功できる。それがスイスの長所だと言われている。

 前述した公立小学校の入試準備コースで教えるエレオノーラ・ヴィッキ先生によると、学校が提供する入試準備コースは経済的余裕のない家庭の子供も公平にギムナジウムへ受かるように導入されたものだという。しかし、週2時間と授業時間が少ないのでやれる事は限られており、それ以外に塾や家庭教師が必要な場合が多いと認める。

理数系ギムナジウム、スポーツ・芸術ギムナジウム=中東生撮影

 ヴィッキ先生は、大学に進学する1番の近道について「小学校から直接、長期ギムナジウムに行く」こととする。しかし、12歳では脳の発達が未完成の場合が多いとされるため、「短期ギムナジウム」や「成人用ギムナジウム」を経て大学へ進学する道もあるフレキシブルなスイスのシステムを評価しているという。

▼強まる教育現場への干渉

 ギムナジウム入学の難易度は年々上がっているが、その理由として、大卒率の高い国から移住した両親が子供に受験を強要することや、〝スイス方言〟のないドイツ人の子供が増えた事により、ドイツ語試験のレベルが上がったことなどが原因とされている。しかし、調べていくうちに教育政策におけるスイス連邦政府の怠慢ぶりが浮き彫りになってきた。

 まず、1990年代から始まった教育費削減である。例えばチューリヒ州の人口は倍に膨れ上がったのに対し、ギムナジウムの数や定員などは増えていない。ギムナジウム合格倍率が上がるのも当然だ。

 また、公立中学の教員数を減らすため、学力レベル別にA~Cの3段階に分かれていたクラスのうち、最下位のCをなくし、A・Bレベルの子どもを一緒にした混合クラスが作られた。このことは中学校全体のレベル低下を招くことになった。そして、短期ギムナジウムを目指す富裕層の子供は私立中を選ぶこととなり、公立中がより荒れていくという負のスパイラルを生んでいる。

 それでも、大学の定員を増やさずに大卒者を2割程度に抑えているのには理由がある。経費削減につながるのだという。その背景には、スイス社会に根強く存在するある疑いがある。それは、医師や企業の管理職などを始めとする高いスキルが求められる職種に外国人が多いのは、他国が養成した人材を雇った方が安上がりだからというものだ。これが事実だとしたら、スイス政府は自国の子供たちの将来を全く考えていないことになる。

 加えて、もうすぐ導入される給食制度も激しい批判にさらされている。日本で育ったものからすると非合理的に思える「昼休みの帰宅制度」だが、スイス人は日中に子どもと接して、新たに学校へ送り出せる機会として大切にしてきた。その伝統を守ろうとする反対論を押し切ってまで給食導入を進めることに対しては「子供を両親から取り上げる政策なのだ」と主張する教育者もいる。この教育者は、子どもたちを学校でより長い時間過ごさせることで政府に従順な人間に教育し易くなるのだとする。第2次世界大戦後に小中学校への給食導入が本格的に始まった日本も、その道をたどったのだろうか。

 子供を守れるのは結局、親しかいない。そんな当たり前の事実をスイスや日本だけでなく、世界中の親が改めて認識したいものだ。(チューリヒ在住ジャーナリスト中東生 共同通信特約)

生徒に説明するエレオノーラ・ヴィッキ先生=中東生撮影

© 一般社団法人共同通信社