軽いケガでも命取りになる時代が来るかもしれない…薬剤耐性の怖さ

MSFの術後ケア・センターで、ケアを受ける薬剤耐性患者。© Candida Lobes/MSF

MSFの術後ケア・センターで、ケアを受ける薬剤耐性患者。© Candida Lobes/MSF

イラクで問題となっている薬剤耐性。戦争で負傷した多くの患者が、抗菌薬(抗生物質)に耐性がある薬剤耐性菌感染症のため、治療選択肢が狭められ、治りも遅れるケースがある。イラクでは、紛争中に医療体制が崩壊。医師らの処方がなくても抗菌薬が手に入るようになり、誤用などが起こったことが背景にあると指摘されている。国境なき医師団(MSF)顧問のエルネスティーナ・レペット=中東在住=は、感染症分野の専門家だ。薬剤耐性が、世界各地のMSFのプロジェクトにどのような影響があるのかを研究している。薬剤耐性について聞いた。

抗菌薬耐性の現状について教えてください。

抗菌薬耐性は、全世界で増えつつあります。でも、新しい現象ではありません。ペニシリンが世界最初の抗菌薬(抗生物質)として発見された歴史を見れば、最初の抗菌薬耐性は、100年近くも前に起きています。

耐性は、私たちの体内にいる細菌が生き延びるすべを見つけ、新しい抗菌薬に抵抗するときに起きています。これは自然なことで、避けられません。これがさらに問題になっている理由はこうです。これらの細菌は、時間の経過と共に耐性を発展させていき、耐性化メカニズムを互いに共有するようになります。そうして、耐性の現象を強めていくからです。つまりは、医師にとって、利用可能な抗菌薬の中から、効果的な治療の選択肢を見つけることが難しくなってきているのです。

研究者と科学者は、新しい抗菌薬の開発に取り組んでいますが、時間がかかります。それは、細菌が新しい耐性化メカニズムを獲得するよりも時間がかかり、遅れをとっています。そのため、よくある感染症、例えば鼻やのど、傷などへの感染症への対応にも影響が出ています。すぐに行動を起こして現状を変えない限り、よくある感染症や、軽いけがまで、命を脅かす時代になるでしょう。 

MSFの対応について教えてください。

モスルにあるMSFの術後ケア・センター。© Candida Lobes/MSF

モスルにあるMSFの術後ケア・センター。© Candida Lobes/MSF

抗菌薬耐性は、複数の要因によって起きています。規制を受けずに抗菌薬が市販されていることも要因として挙げられますが、他にも理由はたくさんあります。主なものとして、感染予防策の不備、適切ではない薬の処方、提供される抗菌薬の質の悪さ、適切な診断ツールと疫学的調査などの不足、医師による患者への説明不足…などが挙げられます。中東地域では、こうした状況が、数十年間も続いています。

MSFは、中東でさまざまなプロジェクトを運営しています。小児診療、リプロダクティブ・ヘルスケア、非感染性疾患などの一次医療プロジェクトの他、紛争などの負傷者を対象にした再建外科などの二次医療プロジェクトがあります。

二次医療プロジェクトでMSFは、多剤耐性菌感染症になった患者を多く診ています。そうした患者を適切にケアするため、感染予防と管理対策(IPC)の導入に力を入れています。また、適正な抗菌薬の使用を促す活動を実施し、患者への説明とカウンセリングを継続。質の高い微生物検査に基づく診断も、MSFの病院で受けられるようにしています。

MSFがモスル東市街で病院を開院したとき、多くの抗菌薬耐性患者さんがいたそうですね。

薬剤耐性患者の心理ケアをするMSFの心理士。© Candida Lobes/MSF

薬剤耐性患者の心理ケアをするMSFの心理士。© Candida Lobes/MSF

MSFは2018年4月、モスル東市街で、総合的な術後ケア・センターを開院しました。開院直後から8ヵ月間に来院した患者の約4割に何らかの感染症がありました。主な感染症は、骨髄炎か、細菌によって治りが遅れている傷、のいずれかでした。検出した細菌の大多数に、多剤耐性がありました。それにより、治療の選択肢が狭められてしまいました。

治療では、必要な抗菌薬を静脈注射によって投与しなければいけませんでした。そのため、通院による治療は大きなチャレンジとなりました。また、詳細な感染予防・制御策を実施し、患者への説明をケアの一環に取り入れました。多剤耐性感染症患者は予期していたとはいえ、その数は私たちの当初の想定をはるかに上回っていて、かなり厄介です。

抗菌薬耐性患者の治療への影響は。

MSFの病院に入院する多剤耐性菌感染症の患者。© Candida Lobes/MSF

MSFの病院に入院する多剤耐性菌感染症の患者。© Candida Lobes/MSF

抗菌薬に耐性のある感染症、特に多剤耐性菌感染症にかかった患者の場合、抗菌薬治療の選択肢は少なくなります。治療費も高くなります。多くの場合、静脈注射薬といった治療になります。全ての国や病院で、高価で、かつ最新の抗菌薬を手に入れられるわけではありません。そうした問題は低中所得国でより多く起きており、治療を必要とする患者への対応を難しくしています。

それに加えて、入院患者には、事前の対応策が必要です。例えば、患者を隔離することで、多剤耐性菌を他の患者にうつさないようにする必要があります。患者の隔離は、心の健康にも影響を与えます。患者に、薬剤耐性が何であるか、なぜこうした治療が必要なのかを十分に理解してもらうことが重要です。心理ケアと健康教育チームが、全力で患者をサポートしています。 

抗菌薬耐性の予防のために一番良い方法とは。

抗菌薬耐性の発生を防いだり、減らしたりする方法はいろいろあります。例えば、患者には、医療従事者の処方を受けた時だけに抗菌薬を使うようにしてもらいます。他の人に分けたり、余った抗菌薬は使ったりしないよう、アドバイスします。また、患者と医療従事者に、手洗いや、咳の時に口を覆うなどの基本的な衛生面でのルールを守る大切さも呼びかけています。

また、医療スタッフは、患者さんに対して、感染の予防策や、薬剤耐性などについて時間をかけて説明する必要があります。より世界的なレベルでは、アクション・プラン導入による抗菌薬耐性対策が急がれています。薬剤耐性について、人びとにもっと知ってもらうことも忘れてはいけません。

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