天地がひっくり返る、とはこのことか。ノンフィクションライターが胎児医療の一線を歩んできた産婦人科医に胎児をめぐる最新知見を聞いた。一問一答のやりとりで、にわかには信じがたい事実が紹介されている。
1997年、妊娠中の母親の血液中に胎児のDNAが見つかった。胎児のDNAの半分は父親由来だ。つまりこれは父親のDNAが胎児を通して母親に入っていることを意味する。
「子は夫婦のかすがい」と言うが、DNAの橋渡しをしていたとは! 「夫婦の顔は似てくる」のは、もしかしたらDNAのせい?(その場合は妻の顔が夫に近づくことになる)
そればかりか、増崎医師はセックスによって男性のDNAが精子を介して女性に入る可能性すらも否定できないと言う。体のつながりが遺伝子のつながりになる……。
もう一つ。核がない卵子に精子が入って発育すると胎盤だけができる。それが胞状奇胎という病気だ。では卵子だけで胎児ができる可能性はないか。卵巣腫瘍のなかに毛髪や骨が見つかった例はあったが、ついにヒトの形をしたものが見つかった。これはメスだけで生殖する雌性発生がヒトにもありうることを示す。すなわち処女懐胎の可能性も「ゼロとはいえない」。
超音波検査やDNA解析といった技術の進歩によって、胎児を生かす胎児医療は飛躍的に進んだ。一方で出生前診断や不妊治療など出産をめぐる選択肢の拡大は、正解のない問いを夫婦や医師に突きつけている。医学の進歩で問題が増え、謎は深まる。
(ミシマ社 1900円+税)=片岡義博