その持ち物や掲示物、周りの迷惑かも 何気ない家族写真が招いたトラブル

幸せそうな家族写真も人によっては違う受け取り方も(出典:写真AC)

言えない悩み抱え爆発

「うわぁ、B課長! これヨーロッパですよねえ。素敵~。お嬢さん、カワイイ!」。数名の女性社員に取り囲まれ、嬉しそうなB課長(40歳男性)の声がそれにこたえます。「うん、この前のゴールデンウィークのときの写真だよ。家族を連れてプラハの辺りをまわってきたんだ。若いころ、その辺を旅したことがあって、美しい街並みを娘にも見せたくてね」「お嬢さん、小さいころから世界を見られるなんて、幸せですね」。その会話を苦々しい思いで聞いていたのがA子さん(34歳女性)です。

ここは都内のアパレル卸企業(従業員数300名)で、A子さんは総務部の主任をしています。A子さんは5年前に結婚しており、「男性優位のこの会社で、仕事と家庭の両立のロールモデル(お手本)になってほしい」と部長からも期待されている立場でした。

ところが彼女には人に言えない悩みがあったのです。それは、なかなか子宝に恵まれず、ここ数年不妊治療に取り組んでいることでした。それは想像していたよりもずっと辛く、先の見えない治療に不安な思いでいっぱいでした。このことはもちろん会社にも伝えていませんので、治療の時間を捻出するのも一苦労です。
仕事の報告のためにB課長のデスクに行けば、幸せいっぱいの家族写真がいやでも目に入ります。A子さんはそれを見るたび、義母からのイヤミな電話や、クリニックでの夫の落ち込んだ表情などが一気に頭の中に押し寄せ、「どうして私だけこんな思いを……」という感情で押しつぶされそうになります。

そんなある日、A子さんは些細なミスをして、B課長にきつく注意されてしまいました。「君、最近ちょっと集中力が落ちてない? また同じところを間違えてるよ。何だか普段もボーっとしてることが増えたし、悩みごとでもあるのかな? プライベートはどう? 楽しくやってるの?」そう言われたA子さんはカチンときました。

「何よ、偉そうに。自分は奥さんや子供に囲まれてシアワセ自慢しちゃって! 私の悩みも知らないくせに。《プライベートはどう?》ですって? そもそも家族の写真を飾ってるのって、子供ができない私への嫌がらせじゃないかしら? そうよ、きっとそうだわ。これはハラスメントだわ。この前会社から配られた、ハラスメント通報ダイヤルの番号が書いてあるカードはどこだっけ……」。

こうしてB課長は、A子さんからハラスメントの加害者として通報されてしまったのです。

多様な価値観への配慮を

これは、私が顧問をしている企業で実際にあった話です。会社は最初、A子さんからの申し出をまともに取り合おうとしませんでした。しかし私に相談が来たことで、会社にはもう少し深く考えてもらうことにしました。

この事例のように、職場では実にいろいろな人たちが働いているものです。それを考えると、会社としては「業務に無関係なものはデスクに置かない」といった緩やかなルールを定めておくほうが望ましいと思われます。

とはいえ、「家族の写真をデスクに飾ること自体がハラスメントなのか」という問いには正解などありません。

たとえば、家族の幸せを理念に掲げる生命保険会社で、社員が家族写真をデスクの上に飾っているのはハラスメントでしょうか。この会社ではオフィスの壁にも、自社のポスターとして家族写真が貼りだされているのです。そのような職場で、上司が家族写真を飾っているからといって「その行為はハラスメントだ」という人は誰もいないでしょう。

また、ゲームの開発会社において、社員が机の上や周りに自社のゲームのキャラクターのフィギュア(小さな人形)をたくさん飾っているのは禁止すべきものでしょうか。自社が生み出したキャラクターを愛し、発想を高めていくためには必要と思われるでしょう。

大多数が納得のルールで解決

もうお分かりの通り、会社の姿勢や必要性によって判断すればよいことなのです。大切なのは、社内の全員は無理だとしても、大多数の人が納得するルールが存在するということです。

A子さんの会社では、人事担当役員も含めた討議の結果、「仕事に無関係なものはデスクの上に置かない」というルールを定め、全社に発令しました。課長が写真を片付けることになったのはいうまでもありません。

(了)

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