熊や鹿のすむ森「マンナハッタ」 ローワーマンハッタン①

国立アメリカンインディアン博物館は、解体されたアムステルダム砦があった場所に建っている。スミソニアン博物館系列なので入館無料。

熊や鹿のすむ森「マンナハッタ」

 今月は4回連載でニューヨークの南の端ローワーマンハッタンを探訪する。最初に目指すのは地下鉄のボウリング・グリーン駅。下車すると現れるひときわ荘厳な建物がアメリカンインディアン博物館。なぜ、この金融エリアにインディアン?といぶかしがる人も多いが、実は、ニューヨークの歴史を知る上で避けては通れない大事な施設なのだ。館内にはアメリカ先住民の暮らしぶりや歴史を伝える資料がふんだんに展示されている。

『マンナハッタ計画(Mannahatta: A Natural History of New York City)』を読むと、マンハッタンがいかに変遷していったかが分かる。

そもそも、ニューヨーク開拓の歴史は、1609年9月2日、オランダの東インド会社から中国行き新航路開拓のために派遣されたヘンリー・ハドソンが、二つの川に挟まれた縦長の土地に上陸した時から始まる。土地の様相は今とは全く違っていた。うっそうと茂る森には熊や鹿など野生動物が数多く生息。そして、先住民レナペ族が暮らしていた。その数、わずか1万5000人。約80村落。土地の名は彼らの言葉で「マンナハッタ(ごつごつした岩山の土地)」。博物館の書店で紹介されたエリック・サンダーソン著『マンナハッタ計画』を読むと、現代人の想像力では思いもよらない当時の自然環境が最新画像テクノロジーで再現されていて驚く。先住民たちは、母系社会を形成し、1万年以上も平和に生活していた。海岸ではカキやハマグリがふんだんに採れ、貝塚のような遺跡もあるらしい。人間と自然が共存する縄文時代みたいな世界がわずか400年前まで、そこにはあったのだ。

 1625年にはマンハッタン南端の広大な敷地にオランダ人がアムステルダムとりで(1790年解体)を建設。ニューヨークの前身オランダ領「ニュー・アムステルダム」が発足した。1626年5月24日にレナペ族と取引して、マンハッタンを60ギルダー(現在の24ドル)相当の金品と交換で購入すると、この地は完全にヨーロッパ人の手に落ちた。絵画にも記録されているその交渉現場は、ローワーマンハッタンにある。

 その後、いくつかの争奪戦を経て1674年、ニュー・アムステルダムはオランダからイギリスの手に渡り、現名称ニューヨークとなる。このときオランダがマンハッタンと交換に手に入れたのがインドネシアのルン島。時あたかも大航海時代。だが、インディアンの島の価値が急速かつ地球規模で増大する様子は、昨今のグローバルビジネスの状況とあまり変わらない。

ニューヨーク証券取引所からマンハッタンの南端に伸びるブロード・ストリートは、かつて運河だった。

埋め立てにより海岸線も様変わり

 ローワーマンハッタンの変化を何よりも物語るのが周辺の地形や景色の変貌ぶりだ。おびただしい数 の商船の入港のために、船を進水するための停船用水面(スリップ)がストリートから直結していくつも作られた。スリップでは活発に商取引が展開される。やがてスリップが埋め立てられてストリートは延長され、本来の海岸線はみるみる消えていった。例えば、現在、証券取引所が面しているブロード・ストリートは、当時、細い運河で浮きドックが設置されていた。商業活動が盛んになるにつれ、ローワーマンハッタンから街の外に南北に伸びる道路も建設された。その先駆けがクイーン・ストリート(現パール・ストリート)で、かつては、川沿いに商業施設が並ぶウオーターフロントの目抜き通りだったが、埋め立てで海岸線ははるか先に。ここに帆船が密集していた光景など想像すらできない。

 このエリアを歩くなら、そんなニューヨークの黎明期に思いを馳せてみるのがいい。それまで1万年もの間変わることのなかった自然環境をヨーロッパ文明はわずか400年で、跡形なく変えてしまった。24ドルのトレード=商取引が行われた目と鼻の先に、20兆ドル超を誇る世界一の証券取引所があるのも、何かの因縁だろうか。
(中村英雄)

国立アメリカンインディアン博物館 National Museum of American Indian - New York

常設展「Infinity of Nations」では、約700点のアメリカンインディアンの工芸品や生活用品の展示を通して、アメリカ先住民とヨーロッパからの移民がどのように現在のアメリカの歴史を築いていったかを表現している。また同館では、アメリカンインディアンによる踊りや音楽のライブパフォーマンスも頻繁に行われている。  1907年建立の建物は、元アレクサンダー・ハミルトン徴税局。ニューヨークに入港する船から港湾使用税を徴収する政府機関だった。館内の建築やインテリアを見学する無料ツアーも催されている。 入館無料。

TEL:212-514-3700

Address:1 Bowling Green New York, NY 10004

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