第2回:経済資本と組織資本について モノは代替可能でもデータは復旧困難

津波で浸水した大槌町役場(2012年1月19日筆者撮影)

 

皆さまこんにちは。第一回をお読みいただき、ありがとうございました。これから数回にわたり、東日本大震災の被災自治体の事例を基に、「キャピタル×システム」概念がどのように過去の教訓を一般化することができるのか、書いていきたいと思います。

「キャピタル×システム」を簡単に復習しますと、この連載では、①自然資本、②経済資本、③人間資本、④組織資本、⑤社会関係資本、⑥シンボル資本の6つの資本をキャピタルと言うと説明しました。そしてシステムは、ある目的を達成するために一定のルールに基づいて作られているさまざまな要素の集合体ということでした。交通システム、教育システム、会計システムなど、例を挙げればきりがありません。もう忘れてしまったという人は前号をお読みいただければ幸いです。

第1回:大規模災害対応のための「キャピタル概念」
http://www.risktaisaku.com/articles/-/15572

キャピタルの種類と定義*

さて、今回ご紹介する事例は、筆者が2011年11月から2012年3月にかけて、(財)地方自治情報センター(当時)と共同で実施した「東日本大震災における地方公共団体情報部門の被災時の取組みと今後の対応のあり方に関する調査研究」から紹介させていただきます。
https://www.j-lis.go.jp/rdd/chyousakenkyuu/cms_92685924.html

本調査では、岩手県・宮城県・福島県内の13市町(【岩手県内】宮古市、陸前高田市、釜石市、大槌町、【宮城県内】仙台市、気仙沼市、東松島市、石巻市、南三陸町、【福島県内】いわき市、南相馬市、双葉町、浪江町)の情報部門を訪問して、東日本大震災において情報通信技術(ICT)が受けた被害およびその復旧プロセスについて、聞き取りを行いました。まずは大槌町のケースを取り上げます。

役場機能を数回移転せざるを得なかった大槌町

岩手県の大槌町は、東日本大震災で最も被害を受けた自治体の1つでした。津波は町のおよそ半数の建物に到達し、町を破壊したのです。大槌町の本庁舎(●●資本:A)はコンクリートブロック造の2階建で、海岸線に近いところにあったため、津波に飲み込まれました。地震が発生した直後、本庁舎の前にあった広場に災害対策本部が設置されました。そこで幹部を含む職員が対応会議を行っていたところの津波襲来だったため、町長を含む多くの職員(●●資本:B)が被災しました。137人いた職員の3分の1(人的資本)を失ってしまいました。
庁舎が浸水し使えなくなったため、町内の高台にある中央公民館に災害対策本部が移り、震災から約1カ月以上が経過した4月25日に、中央公民館横の小学校校庭に仮設庁舎(●●資本:C)が開所しました。この小学校は、地震発生後に発生した山火事の影響を受け、廃校となっていたものです。

さて、A~Cにはどの資本の名称が当てはまるでしょうか。Aは、庁舎という建物です。冒頭の6つの資本の表「キャピタルの種類と定義」を思い出してください。「建物資本」というキャピタルの種類はありませんが、表の右列に「経済的価値を生み出す、物理的な生産(製造)物」とあります。これを「経済資本」と呼びます。Bは、職員ですから人間資本。Cも建物なので経済資本です。

大槌小学校校庭に設置された仮設庁舎(2011年12月15日筆者撮影)

サーバ室は、水没した庁舎の1階に設置されていたため、そこにあったすべての機械(経済的資本)が使用不能となりました。サーバ室内に保管してあったバックアップテープを含む、すべてのデータ(●●資本:D)が一時的に失われる事態となりました。水に漬かったサーバ類を同じ場所で修復することが不可能だったため、災害対策本部が設置された中央公民館(経済資本)において、業務に必要な情報システム、およびICT環境を一から作り直すことになりました。3月25日、大槌町と岩手県の職員、大槌町が情報システムの管理を委託している事業者の担当者が、庁舎内のサーバ室に入り、基幹系システムのサーバなど7台を回収しました。そして、ハードウエア事業者に、サーバ内のデータのサルベージを依頼しました。結果として、ハードディスクから復旧できたデータ、できなかったデータ、ハードディスクからは復旧ができなかったけれども、サーバ室内に残されていたバックアップテープから復旧されたデータに分かれました。
4月13日、サルベージが完了した住基データ(3月11日時点のもの)を使用して、仮サーバが設置されました。仮サーバのハードウエア(経済資本)は、情報システムの管理委託ベンダーから提供されました(●●資本:E)。これにより、大槌町は証明書発行を行う窓口業務を再開しました。4月25日に仮設庁舎が開所すると、サーバ機器類は公民館に残され、住民窓口と職員の執務室が仮設庁舎に移されました。

さて、DとEの資本は何でしょう? Dはデータです。「キャピタルの種類と定義」の表の右を見てください。そうですね、これは「組織資本」に当たります。Eはどうでしょうか?管理委託会社(ベンダー)からサーバが提供されたというくだりです。管理委託会社から提供されたハードウエアはモノですから経済資本ですが、ベンダーとの社会的なつながりによって実現したことですので、これは「社会関係資本」の働きとします。

大槌町では、地震と津波の発生後、災害対策本部が庁舎から中央公民館に移転し、さらに地震から約1カ月半後には役場機能が仮設庁舎に移りました。庁舎内にあったサーバ室は中央公民館に移りました。サーバ類は仮設庁舎開所後も公民館に残り、2カ所を結ぶネットワークシステムが構築されました。

高台にある中央公民館。大槌小学校校庭から(2012年1月19日筆者撮影)

事例から得られる教訓

さて、これらの事態はいずれも、町の地域防災計画では想定していなかった事柄でした。この事例から、どのような教訓を得ることができるでしょうか?

庁舎やサーバのハードウエアといった経済資本は、喪失した際の代替が、他のキャピタルに比べて容易である、と言えると思います。一方で、組織資本(本事例の場合はデータ)は、ひとたび失われると回復が難しいという特性が見てとれます。今回は多くをご説明することができませんでしたが、人間資本も一度失われると回復することができないため、命を守ることは何より大切となります。

東日本大震災の後、民間企業を筆頭としたさまざまな団体が、PCなどのハードウエアや衛星通信ネットワークを無償で提供していました。経済資本は、このような社会関係資本を通じて代替物の入手が可能となりますが、組織資本、大槌町の事例においては各種サーバに格納されていたデータは、失われると代替物による復旧が難しいのです。泥水に漬かったサーバのハードディスクから救出が行われた結果、復旧できなかった(永遠に喪失した)データも存在しました。

皆さんの企業なら、「組織資本」は就業規則から始まり、さまざまな契約書類、取引先のデータなど、多岐にわたります。事業継続の観点からは、災害対応マニュアル、事業継続計画、業務再開フローなど、全てが組織資本に当たり、災害時にはそれらの活用が重要となります。ただ一方で、想定外の事象が発生する災害においては、事前に、どの組織資本が必要となるのか正しく予測することが難しい、ということもお分かりいただけるかと思います。

この点は、今後の災害対応を考える上ではジレンマとなるのですが、解決に向けた考察はいくつか事例をご紹介した後に行いたいと思います。今回は災害対応における組織資本の重要性を提示して終わりにします。

  • A. Dean and M. Kretschmer, “Can Ideas be Capital? Factors of Production in the Postindustrial Economy: A Review and Critique,” Academy of Management Review, vol. 32, no. 2, 2007, pp. 573-594. および M. Mandviwalla and R. Watson, “Generating Capital from Social Media,” MIS Quarterly Executive, vol. 13, no. 2, 2014, pp.97-113. を改変。

(了)

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