アーセン・ヴェンゲル体制時のアーセナルは主力をライバルクラブに奪われることも珍しくなかったが、中でもショックが大きかった流出の1つがFWロビン・ファン・ペルシーのマンチェスター・ユナイテッド移籍ではないか。
アーセナルの絶対的エースだったファン・ペルシーは、2011-12シーズンにリーグ得点王を獲得。しかしシーズン終了後にタイトルを求めてマンUへ向かった。そして望み通り2012-13シーズンにプレミアを制覇し、自身も2年連続の得点王を獲得。マンUで目的を叶えることとなった。
しかし英『Daily Mirror』によると、当時アーセナルでチームメイトだった現ユヴェントスGKヴォイチェフ・シュチェスニーはアーセナルに残っていた方が良かったのではないかと振り返っている。マンUで活躍した期間がそれほど長いものではなく、最終的にはトルコへ向かうことになったからだ。
「彼はユナイテッドへ向かい、その年にタイトルを獲得した。だけどその後はベンチになったし、トルコへ向かってビッグなキャリアは終わった。彼は違う判断も下せたはずだし、アーセナルで多くのものを獲得できたよ。時に彼はすごく傲慢だったね」
マンUは2012-13シーズンを最後に名将アレックス・ファーガソン氏が退任し、そこから混乱の時期に入った。ファン・ペルシーは2015年の夏にフェネルバフチェへ移籍しており、プレミアでのキャリアはあっさりと終わりを告げた。アーセナルに残っていればもう少し長くエースの座に就けた可能性もあり、シュチェスニーは当時の判断に納得していないようだ。