【F1オーストラリアGP無線レビュー】優勝したボッタスの魂の叫び「いろいろ心配してくれたヤツら、おととい来やがれ!」

 2019年開幕戦オーストラリアGPはスタートでトップに立ったメルセデスのバルテリ・ボッタスがレースをリードし、チームメイトのルイス・ハミルトンはじわじわとギャップを広げられていっていた。

 9周目、メルセデスAMGのボッタス担当レースエンジニアを務めるリカルド・マスコーニはボッタスに順調な展開であることを伝えた。

メルセデス「このペースで我々はとてもハッピーだ」

ボッタス「タイヤは全てOK。少しオーバーヒートしているけど全てコントロールできているからね」

 14周目に3番手セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)がピットインすると、メルセデスAMGは翌周にハミルトンをピットインさせ、アンダーカットを防止した。逆にボッタスはステイアウトさせ、外的要因に左右されることなく最適なレース戦略を追求する役割を担うことになった。

メルセデス「あと2周行けるか? 君のペースはHAM(ハミルトン)よりも速いよ」

 ミディアムタイヤに履き替えたハミルトンと同等以上のペースを維持する限り、ボッタスはソフトタイヤのまま走り続ける。19周目、21周目とさらに最速タイムを更新しながらスティントを伸ばし、2周どころではなく23周目まで引っ張ってピットイン。悠々と実質トップのままでコースに戻った。

ハミルトン「なんでこんなに早くピットインしたんだ?」

メルセデス「VET(ベッテル)をカバーするためだ。彼は今1.9秒後ろだ」

 ハミルトンはタイヤに苦しんでいた。リヤタイヤ前方のフロアにダメージを負い、気流が乱れたためにペースが上げられない上にタイヤの性能低下も想定以上に進んでしまっていた。

ハミルトン「このタイヤじゃ最後まで走り切れないよ」

メルセデス「OK、検討するよ」

 しかし、ベッテルの後方にはマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)とシャルル・ルクレール(フェラーリ)がおり、ピットインすれば2番手を失うどころか5番手まで後退してしまう。フレッシュなタイヤで猛追しても、コース上で2番手まで挽回できる可能性は限りなく低かった。

■タイヤのグリップ低下に苦しんだルイス・ハミルトン

ハミルトン「リヤのグリップがもうないよ。タイヤはもうニュートラルだ」

 ハミルトンは、34周目にはもうリヤのグリップ低下を訴え、守りのレースに入っていた。

 その一方でフェラーリのベッテルも予想外の事態に苦しんでいた。

セバスチャン・ベッテル(フェラーリ)

 31周目にフェルスタッペンが10周も若いタイヤで後方に迫り、為す術なく先行を許した。予選でメルセデスAMGに大きな差を付けられたばかりか、決勝ではミディアムタイヤを上手く使えずにグリップが引き出せない。その原因も分からず、ベッテルより14周後にピットインしたルクレールにはハードタイヤを履かせることしかできなかった。ベッテルの苛立ちは募っていた。

ベッテル「どうしてこんなに遅いんだ?」

フェラーリ「現時点では分からない」

 そして早めのピットインが災いして、戦略的にも手詰まりの状態になってしまった。1ストップ作戦を前提にした2019年シーズンのタイヤアロケーションが、こうしたレース戦略幅の狭さを招いたとも言えた。

ベッテル「(後方には)ピットインするギャップはある?」

フェラーリ「問題はピットインしたらLEC(ルクレール)をキャッチアップできないということだ」

 首位を快走するボッタスは盤石の体制で、恐れるものはなかった。昨年の中国GPで目前の勝利を逃したときのように、セーフティカーが入ればフレッシュなタイヤに履き替えたドライバーが猛追してくることも考えられたが、残りのセット数を考えればその可能性も極めて低かった。

メルセデス「このレースで負ける可能性は、セーフティカーが入ったときに交換できるタイヤがないということだけだ」

ボッタス「了解」

■ファステストラップのポイントをなんとしてでも取りたかったバルテリ・ボッタス

 独走でレース終盤を迎えたボッタスの関心は、今年から導入されたファステストラップポイントだけだった。これに対するアプローチも、メルセデスAMGは残り10周を切った早い段階から相談していた。
メルセデス「まだ君がファステストラップを保持しているよ」

ボッタス「どうするんだい? ピットインしてタイムアタックをするのか? それともこのタイヤのままアタックをする?」

メルセデス「我々はできるだけリスクは冒したくない。だからピットインはしない」

ボッタス「了解。でも僕は26ポイントが欲しいんだ。だから最後にタイムアタックをするよ」

 54周目にフェルスタッペンがアタックを行ない1分26秒540の最速タイムを記録し、2番手以上の芽がなくなったハミルトンも「僕はあのポイントが必要なんだ、ボノ」とレースエンジニアのピーター・ボニントンに懇願して「ストラット10を使っても良いぞ」と許可を得て1分26秒057でこれを塗り替えた。

 しかしボッタスは56周目にしっかりとクール&チャージラップを挟んでからアタックを行ない57周目に1分25秒580で圧倒的な差を付けて“26ポイント目”もかっさらっていった。まさに完勝だった。

バルテリ・ボッタス(メルセデス)

メルセデス「よくやった、バルテリ。君が2019年オーストラリアGPウィナーだ! 素晴らしいドライブだった!」

ボッタス「どうだ!? XXX! みんなありがとう!」

メルセデス「去年の雪辱を果たしたな」

ボッタス「まさにそうだ。いろいろ心配してくれたヤツら、おととい来やがれ!」

 2018年は実質3勝を挙げるレースをしながら、不運やチーム戦略によって未勝利に終わった。ボッタス自身のドライビングに対する世間の評価も大きく落ちた。

 そんな苦境の中でも反論せず黙々と努力を続け、ようやく結果で証明してみせた。ボッタスの心の叫びが爆発した瞬間だった。

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