昨秋亡くなった横浜ゆかりの俳優・樹木希林の追悼上映会「樹木希林 映画全集」が、同市中区の映画館「シネマ ジャック&ベティ」で開かれている。樹木と、親交が深かった是枝裕和監督もフランスでの新作準備の合間を縫ってトークショーに駆け付け、希代の役者をしのんだ。
「最初に希林さんと会ったのは2007年。『歩いても 歩いても』で初めてお会いしました」
樹木が出演した映画「東京タワー~オカンとボクと、時々、オトン~」を見た是枝。「彼女の持っている軽やかさと、毒みたいなものを映したい」と脚本を当て書きし、「歩いても-」の出演をオファーした。
樹木は、「これ、私が断ったら誰に頼むつもり?」と一言。何人か名前を挙げると、「まあ、その人なら私の方がいいわね」と、引き受けてくれたという。
一方で、「これは、私より誰々さんの方がいいから頼みなさい」と言われたことも。「自分が求められた以上のものを出せる役なのか、瞬時に考えていたと思う」と語った。
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「10年間で映画だけで6本、コマーシャルやナレーションを入れると、もっと一緒に仕事をした」と是枝。
「実は、歩いて5分くらいの所なんです」。樹木の自宅と是枝の事務所は目と鼻の先だ。「僕がいない時にも事務所に時々遊びに来られて、若い人に映画の批評を話したり、『断捨離中で、いらないソファをあげるから力持ちの男の子3人くらい来てちょうだい』と呼ばれたり、そういう不思議なお付き合いでした」と懐かしむ。
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一方、映画作りに関して、樹木は誰よりも厳しいまなざしを持っていた。
「殺人者の役は、誰も見たことがないからどんな仕方をしてもばれないけれど、料理や掃除の描写をする日常の役は、うそがばれるから一番難しい」。こう樹木は話していた。
「希林さんは、演出家の力量を探っているところがあった」とも是枝は言う。この「怖さ」にも似た緊張感が、樹木との仕事には常にあった。
「『歩いても 歩いても』で、息子夫婦を玄関で迎え入れたおばあちゃんが、スリッパをちょっと持って追い掛けるシーンがあるんですが、アドリブなんです」。撮影していたカメラマンは、「こういう母親っている」と、その自然な振る舞いにカメラを回しながら息をのんだという。
「台本じゃなくて、ぱっと出てくる。その辺がすごい。だけど、それを見逃してしまう監督だと『こういうところは見ない監督なのね』と全くしてくれなくなる」
「『今の良かったですね』というのも品がないので、言わないようにしていた。彼女が芝居でいろいろなことを出したときに、どれを僕が注意深く拾って次につなげられるか、そこはいつも真剣勝負だった」と語る。
厳しさゆえに、「名前を聞いただけで、はっとなる人もいると思う」と明かす。一方、樹木のある言葉を思い出す。「人を批判することをやめようと思った。それは、自分が大したもんじゃないと分かったから」-。
「とにかく、ちゃんと自分と向き合おうとしない人には、役者、監督、プロデューサー、立場に関係なく、本人に向かって駄目だってことをきちんと突き付ける。でも、この人はすごく信頼できると思うと、徹底的に面倒を見る人でした」。自分の役割と真っすぐに向き合って生きた樹木。生前のその人柄に思いをはせた。
特集上映は、4月上旬まで。樹木が出演した計14本の作品を取り上げる。問い合わせは、同館電話045(243)9800。