打てぬ日もあるイチローを

 何年か前、その人の「体づくり」をテレビ番組で紹介していた。ハードな筋肉トレーニングはしない。ストレッチだけでも毎日1時間かける。しなやかで柔らかい体を保って、長くプレーするために、と▲やっぱりイチロー選手はすごい、日々の積み重ねが大切だね-と、筆者自身はなんにも続けられずにおいて、人にはこう言ってきた▲引退を報じる記事に「1時間ストレッチ」の話を思い浮かべる。公式戦の間は、試合に備えてやることと、その順番が決まっている。時間と場所で食べる物も決まっている。正確無比な行動で安定した成績を残そうとした、と▲数々の記録は「正確無比」の産物に違いないが、いくら安定を目指しても「絶対」はないと、ご本人は明かしている。2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)はその例かもしれない▲最後に決勝打を放ったが、それまでは極度の不調で凡退を繰り返した。人々のため息に「この人にも振るわないときがある」「イチローも人の子」と、どこか慰められるような、ほんの少しの安堵(あんど)が混じっていた覚えがある▲サラリーマン川柳にあった。〈打てぬ日もあるイチローを好きになり〉。偉業で感動させ、打てなくても人を慰める。こんなにまぶしく、ほのかに温かい光を放った人はほかに浮かばない。(徹)

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