重度知的障害者の1人暮らし 映画「道草」横浜上映へ

やまゆり園に入所する尾野一矢さん(右)と一緒にお弁当を食べる尾野さん夫婦(宍戸監督提供)

 【時代の正体取材班=成田洋樹】重度の知的障害がある若者が支援を受けながら都内で1人暮らしをする日々を追ったドキュメンタリー映画「道草」が30日から、横浜市中区の映画館「シネマ・ジャック&ベティ」で上映される。親元や入所施設で暮らす当事者が多い中、マイペースで自由に生きる姿が浮かび上がる。2016年7月に相模原市緑区の県立障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が殺害された事件で重傷を負った尾野一矢さん(46)が新生活を模索する様子も描かれている。

 道端の花を摘み取ってはにおいをかいだり、タンポポの綿毛を吹き飛ばしたりしながらヘルパーと一緒に自由気ままに道草をする若者をカメラが追う。重度の知的障害、自閉症がある岡部亮佑(りょうすけ)さん(26)。1人暮らしを始めてから7年半余り、日中は通所施設に通いながら、都内の自宅アパートでヘルパーの手料理を食べ、一緒に風呂に入り、川の字になって寝る毎日。常に介護が必要な障害者の生活全般を公的に支える「重度訪問介護制度」を使って、ヘルパー約10人が交代でサポートしている。

 16年4月から2年かけて撮影し95分の映画にまとめたのは、宍戸大裕(だいすけ)監督(36)。車いす利用者で人工呼吸器を付けた海老原宏美さん=川崎市出身=らが街中で暮らす姿を追った映画「風は生きよという」で知られる。

 亮佑さんの父親で早大教授の岡部耕典さん(福祉社会学)から「息子の暮らしぶりを撮影してほしい」と依頼されたことがきっかけだ。1人暮らしについて講演会などで説明しても信じてもらえないと感じていたからだった。

 重度の知的障害者は親元や自由度が低い入所施設で暮らすケースが大半で、地域での住まいの場としては少人数で暮らすグループホーム(GH)がある。だが、集団生活になじめない当事者にとって選択肢になる「支援付き1人暮らし」は事業者が少ないことなどから、保護者や福祉職の間で選択肢として受け止められていないのが実情だ。全国的にも実践例は数十人程度とみられている。

 カメラはさらに2人の男性の1人暮らしに迫る。7歳から10年にわたって入所施設で暮らしていた男性(22)は、自傷他害が減り、表情が豊かになって発語する言葉も増えたという。入所施設で受けた疑いがある虐待の影響からか「刺すぞ」といった暴言を吐くことがある男性(30)はヘルパーとの外出で穏やかな笑顔を見せるが、部屋にこもって壁をたたくなど緊迫した状況も収められている。

 一方、尾野一矢さんは12歳の時に施設に入所して以来、施設生活は計30年余りに及ぶ。父の剛志さん(75)は事件後に元の大規模施設としてのやまゆり園の再建を訴えてきたが、宍戸監督との出会いを通じて1人暮らしという選択肢があることを初めて知った。西東京市のNPO法人「自立生活企画」のサポートを得て1人暮らしを模索している。「最終的にどこに住むかを決めるのは一矢だが、息子の幸せを願う親としては1人暮らしを実現させてあげたい」と前向きだ。

 宍戸監督は「まずは1人暮らしという選択肢があることを知ってほしい。どんなに重度の障害があっても地域で暮らすことが当たり前のものとして受け止められる社会になれば」と話している。

 上映は午前11時から。30日は上映後に宍戸監督と尾野さん家族の舞台あいさつがある。4月6日から12日までの上映時間の問い合わせは同館電話045(243)9800。

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