【哲学とプログラミング】ベーコンが発明した“2進法”に見るコンピュータの原点

17世紀のライプニッツよりもかなり時代はさかのぼり、13世紀のイングランド。ここでカトリックの司祭、ロジャー・ベーコンが、イスラムの自然科学に触発されて、近代学問の先駆となるような著作を残します。しかし当時は、キリスト教文化が支配的であったため、そうした異教徒の知恵を学ぶことさえ、危険が伴うことでした。そこで彼は暗号を使うことでこうした問題を回避できるのではないかと考えたのです。

……しかし今回の主人公はこちらのベーコンではなく、17世紀初頭のルネサンス期に同じくイングランドで活躍したフランシス・ベーコンです。実はこちらのベーコンもまた、暗号に関心をもっていたのです。

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政治家にして哲学者

日本がまだ安土桃山時代だったころ、F・ベーコン(以下「ベーコン」と表記)は、それなりに安定した家庭に生まれながら、父が急死したことにより、21歳で弁護士になります。その後40年間、政治家の道を歩み、最後は大法官にまで登りつめます。その後政敵から収賄の罪を着せられ有罪となり投獄の身となり失脚しますが、特赦で釈放された後の5年間は探求の道に入り、近代自然科学の基礎を整備した哲学者として名を残すことになります。

特に有名なのが「知は力なり」という言葉です。学問がもっと現実的で効力のあるものでなければならないとする姿勢を表明したものです。方法論としては、個別的な「経験=知(実験と観察)を積み重ねて一般命題(法則)を引き出す「帰納法」が用いられ、その後のイギリスの経験論や自然科学を支える理念となりました。自然を解明し自然を活用して人間に役立てようと宣言し、自然科学とその応用の技術開発は、宗教やいろいろな制約を気にせずに推進すべきだという前提がうちたてられたわけです。

ほかに「4つのイドラ」という説も有名です。「イドラ」とは、プラトンのイデアに似ているように見えますが、違います。まったく正反対で、人間が陥りやすい思いこみや先入観のことです。

まず、親や学校で学んだことがそのまま世の中の現実と思いこむのが「洞窟のイドラ」で、知(学問)によって作り上げた理論と現実が同じだと信じこむのが「劇場のイドラ」です。また、それに対して、物事には必ずと言っていいほど例外やはっきりしないことがあるにもかかわらず、秩序に沿わなかったり調和したりしないと気が済まなくなるのが「種族のイドラ」で、言葉があくまでも便宜的なものにすぎないのに、実体よりも言葉にふりまわされてしまうのが「市場のイドラ」です。こうしたイドラに惑わされずに学問を進歩させねばならない、とベーコンは主張したのです。

さて、それではベーコンは、プログラミングやコンピュータとどうかかわりがあるのでしょうか。それは、ロジャーのほうのベーコンとも似ているのですが、2進法のような「暗号」をつくりだしたことです。2進法といっても「0」「1」や「オン」「オフ」といったような、現在当たり前に考えられているものとは少々異なり、たとえば大文字と小文字の2つのパターンを5回使えばアルファベットすべてを表記できるということを見つけ出した、という意味での「2進法」ですので、正確には「2文字暗号」です。またの名を「ベーコンの暗号」と言います。

コンピュータで用いられている2進法は、「ブール代数」に名を残している数学者ブールによる計算法が直接的な起源とされており、残念ながらベーコンの功績は直接的には認められていません。しかし、2進法的な考え方が、ベーコンの経験論とイドラ論から導かれていたということから、彼をコンピュータ処理の基礎部分の祖の一人、とみなしてもいいように思います。今から300年以上も前に、デジタル処理の思考法は始まっていたと言えるのではないでしょうか。

2進法と暗号

ベーコンは生涯にわたって、以下のことを体系だって説明しようとしました。

彼の主著『学問の進歩』はこのうち、最初の「学問の分類」に属するもので、1605年に刊行されました。当時はこうした学術書はみなラテン語で書くのが一般的でしたが、おそらく当時、新国王となったジェームズ一世に読んでもらうことが目的だったようで、英語で書かれました。ベーコンは「知の技術」を「探求(発明)」「吟味(判断)」「保管(記憶)」「雄弁(伝達)」といった4つの技術に分けたのですが、このうちの「雄弁(伝達)の技術」にこのベーコンの暗号の議論が含まれています。

まず、文字記号には2種類あるという説明があります。漢字のように意味をそのまま表すものと、アルファベットのように音に基づいて綴られるものです。続いて、文法には2つの面があり、第一に、外国語学習のために大いに役立つものとして、第二に、言葉や文章の性質をしっかりと把握するためのものとして、とらえられます。さらに、詩文の韻律やアクセントなどのもつ考察(いわゆる修辞学)があり、その後に、暗号が登場します。

ベーコンの暗号論は、以下のような説明になっています。暗号とは、文字(アルファベット)または単語によってつくられるものです。といっても種類はさまざまです。まずは、車のホイールのような円状の機器で外側と内側がスライドできるようにしてあり、対応する文字で暗号をつくる「ホイール暗号」や、文字の順序など、一定の手順を「鍵」として共有し、その「鍵」によって解読する「鍵暗号」、一対一対応ではなく、順次変換が変わる表を用意する「多表式」などがこれまでしばしば用いられてきました。

ところで、すぐれた暗号とはどういうものでしょうか。ベーコンは次の3つの特徴をもっているものだ、としています。第一に、記述するのも解読するのも面倒ではないことです。第二に、簡単に見破られないことです。そして、第三は、時と場合によりますが、そもそも暗号に見えないことです。

これらを完璧に満たすのが、ベーコンの考えた暗号です。どういうものかというと、普通に書かれている文章があり、それぞれ5文字ずつでブロックに分け、その5文字の1文字ずつに2つのパターンをわりふる(ゴシックとローマンで書体を変えたり、大文字と小文字にするなど)ことで、「A」から「Z」まで暗号化できる、としています(実際には32通りまで可能ということです)。今風に書けば、「A」を「00000」とし、「B」を「00001」、「C」を「00010」、「D」を「00011」……というように対応させるのです。

ベーコンはこの暗号を若いころ、パリにいたときに考案したと、後に書いています。つまり、およそ1577~78年の発明だということです(発表したのは1705年です)。年齢にして、16~17歳です。暗号は血なまぐさい事件と関係することが多々あり、陰謀に暗号はつきものとも言われ、公表することさえ、ためらわれる場合がありました。つまり、暗号は古くから政治上または謀議上重要な技術として扱われ続けてきたものであり、こうしたベーコンのひらめきも、実務上の必要性があったなかで起こったことではないかと思います。しかし、ベーコンもまた、パスカルやライプニッツのような計算機の発明こそしていませんが、将来コンピュータに至る技術の出発点の形成に寄与したと言えるのではないでしょうか。

技術と哲学

ベーコンの哲学の根本は、人類が自然のみならず全宇宙を支配することにあり、それこそが健全かつ高貴である、と宣言しています。注意すべきなのは、「知は力なり」の「知」とは何を指すのかです。一言でまとめれば、「知」とは自然科学や工学のことです。そのためベーコンは、「哲学」をせざるをえなかったのではなく、「哲学」を利用した人物と言えるでしょう。もしベーコンの言っていることが「哲学らしくない」と感じるとすれば、それは、ベーコンの「思索」が「哲学らしくない」からではないでしょうか。「私」とは何か、何のために「生きる」のか、といった問いがここにはありません。しかし、これもある種の哲学なのです。とりわけ英米における哲学とは、こうした伝統のもとにあります。

それはともかく、近代科学技術を知の中心にもってきて、その正当化を進めようとしてベーコンは、中世の哲学を批判し、哲学はベーコンによって、ある意味、いったん終焉しました。そして、新たな「哲学」がうちたてられたのです。

なお、ベーコンは冬の寒い中、ふと、肉の保存に塩ではなく雪でも可能かどうか知りたくなってしまいます。実際に鶏を買い求め、雪を詰め、それで腐敗が防げるかどうか様子をみていたようなのですが、悪寒を覚え、その後、肺炎を併発して亡くなります。実験や経験を重視した哲学者らしい最期ですが、あまりにもできすぎているようにも思います。ちなみに、食べるベーコンとこの哲学者の名前はまったく関係がありません。

F・ベーコン Francis Bacon 1561-1624

  • 政治家として生き、晩年に著述家となる
  • 「知は力なり」として、学問の実用性、実践性を強調
  • デカルトと並んで、近代学問(自然科学)の推進する基礎を築いた
  • シェイクスピアは彼のペンネームという説もある
  • 従来の観念論的哲学を批判し、経験的、実証的、実利的な考え方を重視
  • 知は力であるという新たな考え(=哲学)を提示
  • これまで地位の低かった工学(科学技術)こそが学問の中心であると主張

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