取り戻した本当の時間の余裕 Ka-Na(植村花菜)

一人旅でアメリカを横断。各都市では飛び込みで音楽演奏をして、温かく迎えてくれるアメリカの懐の深さを感じた。その旅の終着点だった、ニューヨークの街にみせられ、ここに住みたいと思った。あれから7年、今、憧れた場所に住んでいる。だが、ここまで順調だったわけではない。ニューヨークでの困難をいかに乗り越えたのかを聞いた。 

―ニューヨークに住んでどのぐらいですか?

2年と少したちました。ようやく慣れた感じがします(笑)。

来る前からニューヨークでは、あれもこれもやりたいというのがすごくいっぱいありました。

でも実際に暮らし始めてみると、特に息子が小さい時に私がいないことをすごく嫌がったので、夜にどこかに出掛けようとしても、なかなか出て行けないことが多くありました。主人も息子も日本人だから、自宅で英語を話す機会もなくて、息子を公園に連れて行ったら、アメリカ人のママたちもいるけれど、私は英語が話せないし…。とにかく、いろいろ焦っていました。

―ニューヨークに来たタイミングは何か意味があったのですか?

本当は、2012年にアメリカを一人旅したときに、すぐにでもニューヨークに引っ越したいと思っていました。事務所にもレコード会社にも相談しましたが、そのときはありがたいことにとめられて、こんなに仕事がいっぱいあるのだから、まだ日本で頑張ったら、ということになって。応援してくれるファン、スタッフの皆さんへの恩返しの気持ちも込めて、デビュー10周年までは頑張ろうと決めました。2016年に10周年に関連した活動を終えて、仕事に一区切りついて、恩返しもできたと思って、16年末に念願かない引っ越して来ました。

―来る前にはどんな生活を想像していたのですか?

毎日ライブに行って、毎日英語をしゃべって、3カ月ぐらいしたらペラペラになるかなぐらいに思っていました(笑)。思えばすごく甘いですよね。実際に来てからは、とにかく時間がなくて、やりたかったことがまったくできず焦りました。

自分の時間を作るために、子供を学校に通わせようと思って、主人がネットで調べてくれるんですけど、学校の情報ってあまりネットに出ていないんですよ。それで口コミの情報が必要だと分かっても、相談できる友達もいない。親が近くにて、子供の面倒を見てくれた日本の方が楽だったなと思ってしまって、何のためにここに住んでいるんだろうと、考えれば考えるほど焦ってしまって。それでも、自分なりに一生懸命やっていたら、ある日、耳が聞こえなくなったんです。

 

―それは一大事ですね。

そこで初めて、落ち着いて、自分にとって何がストレスになっているのかを考えました。自分が望んでニューヨークに来て、自分がやりたくて選んでやっていることなのに、一体何に対してストレスを持っているのかと。出た答えが「やり過ぎている」ということでした。

息子が赤ちゃんだったときも、毎日時間がないと思っていたのですが、今思えば、わりと時間があったなと気付きました。当時、英語の勉強もできなくて、いっぱいいっぱいでしたが、今より時間があったはず。ならばなぜ時間がないと思っていたのか考えました。さらに、子供が1人でも大変なのに、2人目を持ったときどうなるんだろうと。2人目が生まれたとしたら、私は今と同じように、「子供が1人のときは時間があったな」と思うんだろうと。逆に考えると、今、私は時間があるんだと思いました。ならば、なぜ今、時間がないと感じているのかと考えて、「いろいろやり過ぎていた」のだと。

―ニューヨークでやりたいことがあり過ぎたと?

英語も勉強したい、自分のライブ活動もしたい、音楽も聴きに行きたい、ミュージカルも見に行きたい、ジャズも聴きたい、あれもこれも、やりたいことを全部ちょっとずつやっていました。ならばやりたいことトップ10を書き出して、トップ3だけやることに決め、4位以下は今は一切やらないことにしました。そうやって決めたら、本当に心に余裕が生まれ、時間ができた。時間は自分で作るものなのだと、最初の半年で学びました。苦しみましたが、いいことに気付けたと思います。耳もすっかり聞こえるようになりました(笑)。その経験をもとに、「Time」という曲も作りました。

―そのとき決めたトップ3は?

子育て、英語の勉強、音楽活動です。

―最初の気付きから、かなり生活は変化したんですね。

はい。最初に、時間について気付けたことは大きかったです。また来米当初は、地下鉄はすぐ止まる、バスは遅れる、店員さんは態度が悪い、駅にはエレベーター、エスカレーターがない、トイレがないスタバがあるとか、日本では考えられないことに対して、次から次へと衝撃を受けていました。そういう経験をして許容範囲が広がったというか、日本にずっといたら、時間通りに電車が来ないとイライラしていたんだろうなと思います。

時間通りに来ないなんて、最初はひどいなと思っていました。でもあるとき、逆に、これって時間に縛られないことなのではないかと気付きました。日本だと、すべてが時間通りに進むから、間に合うように走ったり、自分がそれに合わせる。こっちでは、来た電車に乗ればよくて、ある意味でゆとりがあります。細かいことは気にしない。それも一長一短あるとは思いますが、何もかもきっちりしなくていいんだなという感覚は、こっちに住んでいるから身に付いたものだと思います。暮らしていくうちに、どこに何があるか分かったのも大きいですね。

―今の課題はどんなことですか?

言葉を扱う仕事なので、英語はまだまだ全然足りないと感じています。

スーパーに行って、これとこれは何が違うのか、これはどこにあるのかという会話はできます。でも、ライブのときのMCでは、ライブに来てくださるお客さんに、もっと説明したり、伝えたいことがある。なのに、自分の英語力が足りなくて、すごく簡単な言葉になってしまう。完全なネイティブになることは、難しいと思うけど、もっと自分が伝えたいことを伝えられるようにしたいです。

また、私は先に歌詞を作って、その言葉が持つメロディーを曲にします。歌詞とメロディーが、もうこれしかないというぐらいぴったりくるものを作りたいし、そうなると相当な語彙(ごい)力が必要です。

日常会話ができるだけではとても歌詞は書けない。それは仕事として、自分のセンス、細かい問題になってくるので、人には任せられないですね。だから、もっと深い会話の練習はしたいですね。今は週1回、ランゲージエクスチェンジで英語を話す機会を作っています。

友達も増えました。アメリカ人も日本人も、ママ同士だから友達になったというよりも、自然に友達になっていますね。必要な情報って、自分でも探しますが、必要なときに、必要な人から入ってくるものだと思っています。

―以前お話を聞いたときに、ニューヨークで暮らす中で、曲が全く違うものになるかも、とおっしゃっていましたが、実際はいかがですか?

先日リリースしたEPには全編英詞の曲も入っています。言葉は言葉自体にメロディーがあり、いい歌詞だと、にらめっこしているだけで、「私はこういうメロディーですよ」って、歌い掛けてくれるんです。英語の曲も詞から作っていますが、英語の持っている抑揚、言葉の区切り方、言葉数、文法は日本語とは違うから、英語から生まれてくるメロディーと日本語から生まれてくるメロディーは当然違います。英語でないと出てこないメロディーは新しい発見でした。最初は自分でできるかなと思いましたが、英語の歌詞が歌ってくれたので、こういうメロディーなんだなと。曲の作り方としては同じですね。

「ハピネス」という曲に関しては、朝の日本語放送のテレビ番組のテーマソングとして作りました。日本人向けではあるけど、アメリカ人も聴くから、どちらが聴いても、どんな人が聴いても楽しい歌にしたいと思って、サビを英語にして、Aメロ、Bメロは日本語に、ということは意識的に作りました。

この曲は新しい発見がいっぱいあって面白かったです。試行錯誤した結果、日本語からしか生まれてこないメロディーが必ずあって、そこにしかない美しさがあることにも気付いて、それは唯一無二の形として日本以外でも通用するはずだと思いました。私はそれがやりたいんだと思いました。

英語は、自分の思いを伝える手段として使います。日本語と英語をミックスした曲を作って、日本語の部分はどういう意味なんだろう、日本語独特の響きも美しいな、というように、日本語に興味を持ってもらって、もっとJ-popの文化を世界でも広げていける活動をしていきたいなと思っています。

Ka-Na 2010年「トイレの神様」で日本レコード大賞優秀作品賞、作詩賞受賞。同年HNK紅白歌合戦に出場。16年から家族3人でブルックリンに在住。今年1月、EP「Happiness」をリリース。これを機に、アーティスト名を植村花菜からKa-Naに改名。 ka-na.us/ja/home

―これから来る人、苦労している人にアドバイスを

私も、まだたった2年で、試行錯誤して悩みながら進んでいる立場なのですが、単純に思ったのは「気にしないのが一番」ということ。

来たばかりで、「気にしなくても、英語なんてそのうちしゃべれるようになるよ」なんていわれてもね、私もそうでしたが、「そんなわけにはいかないんだよ!」って思ってしまうから、言いづらいですけど(笑)。英語がしゃべれないこと、環境に慣れていないこと、それを気にすることがモチベーションになるならいいけど、頑張り過ぎて体調を崩さないようにしてほしいです。

どんな環境にいても楽しむ気持ちを忘れたらもったいない。人の目を気にして生活する必要もないし、せっかくニューヨークにいるんだから、とにかく楽しもうと。やりたいことをやる。恋愛、仕事でも何でも、楽しいと思えないならば、無理してやらなくていいと思うんです。

人は人、自分は自分でいいと思う。

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