第3回:人間資本とシンボル資本 「町長」が亡くなったことの影響

 

前回は、災害からの復旧に当たり、経済資本(経済的な価値を生み出す物理的な生産物)と組織資本(データベースやマニュアルなどに保存された知識や経験)が重要な役割を果たすというお話でした。経済資本は、ひとたび失われる、あるいはダメージを受けると、社会関係資本と深い関係を持ちながら回復(代替)に向かう、ということを大槌町の事例で分析しました。組織資本は一度失われると回復するのが難しいですが、回復可能な場合も、単独ではなく、社会関係資本と関係を持ちながら修復に向かう過程が事例から見て取れたと思います。このように、それぞれのキャピタルは、特定のキャピタルと相互依存の関係を持ちながら、その機能を発揮していきます。災害などでキャピタルの働きが失われると、特定のキャピタルの助けを借りながら復旧に向かうことになります。

キャピタルの種類と定義*

今回は、前回と同じく大槌町の事例を基に、人間資本とシンボル資本について考えていきたいと思います。

 

町長は人間資本でありシンボル資本でもある

大槌町では、町長を含む職員の約3分の1が被災しました。町長は、当然ながら人間資本に該当しますが、同時に、大槌町におけるシンボル資本の役割を担っていると言えます。シンボル資本とは、「所与の社会構造の中で認識される名誉または名声」と定義されています。企業においては、企業ブランド、商品ブランド、企業の代表である社長など、さまざま当てはまるかと思います。
大槌町で町長が被災したことは、後の復旧プロセスに大きな影響を与えることになりました。具体的には、町長の職務代理者(副町長が務めていました)の任期が2011年6月20日だったことから、町長選挙の実施に必要な業務が優先されることになりました。情報システムの観点から見ると、町長選挙の実施のために整備する必要があったのが選挙人名簿であり、選挙人名簿の作成を行うためには住民基本台帳ネットワーク(住基ネット)を復旧することが急務となったのです。住基ネットは、市区町村間の住民の異動(引っ越しに伴う住民票の異動)を把握するために必要となります。少し細かくなりますが、以下簡単に、住基ネットの復旧プロセスをご紹介します。

プレハブの仮設庁舎。ここにはサーバー室を設置できなかったため、中央公民館に(2012年1月19日筆者撮影)

住基ネットの復旧プロセス

前回の記事に、「サルベージにより復旧した3月11日時点の住基データを使って4月13日に仮サーバーが設置された」とあります。その後、4月25日から、大槌小学校の校庭に設置された仮設庁舎で窓口業務の一部が再開されました。住基ネットの復旧には、通信回線の敷設とファイアウォールおよびコミュニケーションサーバーの設置が必要となりました。サーバー室は中央公民館に設置されました。サーバー室設置工事と回線の引き込みは6月15日(前回登場した中央公民館と仮設庁舎間のネットワークシステムとは別物です)に、ファイアウォールの設置は6月29日に行われました。住基ネットのコミュニケーションサーバーは7月6日ごろ設置され、データ調整などを経て、震災から約4カ月が経過した7月15日に住基ネットが再稼働して、ネットワーク経由による他市町村からの異動処理の把握が可能となりました。この情報を利用して、選挙実施のための選挙人名簿の確定作業が行われたのです。町長選挙は、2011年8月28日に実施されました。
大槌町の担当者は、次のように回顧しました。

「災害時に住民基本台帳ネットワークシステムや、サーバー・その他の機器を失うことは予想していなかったため、システムの復旧には多くの作業が必要でした」

当時、システムを最初から、新しい機器で復旧させるための準備や、データが失われた際の復旧手順を示したガイドラインはありませんでした。今回のテーマではありませんが、こうしたガイドライン類も組織資本と言えます。大槌町の担当者は、頻繁に住民基本台帳ネットワークシステムの管理センターに連絡し、復旧のために必要な手順について問い合わせを続けたのです。

大槌小学校入り口から見た町の光景(2011年12月15日筆者撮影)

 

セキュリティーがハードルになる

これまで見てきたように、シンボル資本の回復(今回のケースの場合は大槌町の町長)には、非常に複雑な行政プロセスが必要となりました。このプロセスは、経済資本(サーバー)、組織資本(データやマニュアル)の両方の機能に依存していました。住基ネットは、住民の住所や生年月日といった個人情報を扱うというシステムの性格上、セキュリティーのかけ方が複雑で高度な構造となっており、いざ再構築しようとした際、セキュリティーがハードルとなるというジレンマも発生しました。
大槌町が失ったのは町長だけではありません。多くの職員が被災しました。人間資本が失われると、その人が保有していたノウハウや知識も同時に失われます。大槌町に限らず、多くの被災自治体が、職員を失い、他の自治体に応援職員を要請することになりました。日頃付き合いのある自治体に応援を要請する自治体もあり、ここでも社会関係資本の働きが観察されました。情報システムの運用に関しては、個人(人間資本)の中に蓄積された暗黙知によるところが大きく、町の外から来た応援職員がスムーズに業務に参画することが難しい、といったケースもありました。人間資本が喪失した場合のプロセスについては、前回の経済資本や組織資本の喪失時の対応同様、事前に対応を定めていた自治体はありませんでした。

まとめますと、公共部門における人間資本およびシンボル資本の喪失は、法的あるいは公的に決められた要件に沿った形でカバー する必要がある、ということがお分かりいただけるかと思います。シンボル資本の回復には、さまざまな行政プロセスが必要となり、復旧プロセスに与える影響は大きくなります。
公共部門、と言っていますが、民間企業においても同じことが言えると思います。皆さんの企業では、人間資本やシンボル資本の喪失への対応について、どのように定められているでしょうか。

  • A. Dean and M. Kretschmer, “Can Ideas be Capital? Factors of Production in the Postindustrial Economy: A Review and Critique,” Academy of Management Review, vol. 32, no. 2, 2007, pp. 573-594. および M. Mandviwalla and R. Watson, “Generating Capital from Social Media,” MIS Quarterly Executive, vol. 13, no. 2, 2014, pp.97-113. を改変。

(了)

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