2019年シーズンの全日本ロードレース選手権JSB1000クラスは、ファクトリーが復活して2年目となるTeam HRCの逆襲が注目されるなか、王者YAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行が信じられないタイムを予選で叩き出した。
中須賀がもてぎの予選で記録したタイムは1分46秒878で、従来のレコードタイム1分48秒460を1.582秒も短縮したのだ。ただ、これは驚きのひとつにすぎない。
1分46秒878というタイムは、2018年のロードレース世界選手権MotoGP日本GP予選で中須賀がヤマハYZR-M1を駆り記録したタイムの1分46秒441に0.437秒差に迫るもので、市販車ベースのヤマハYZF-R1がレース専用設計の世界最高峰MotoGPクラスのスターティンググリッドに並んだことになる。
もちろんこれはツインリンクもてぎのストップ&ゴーレイアウトに因るところが大きいが、それでもJSB1000クラス予選での中須賀のタイムは『ものすごい』と表現するしかないのである。
■ギリギリの状態で高橋巧から逃げ切った中須賀の強さ
これでレース1はYAMAHA FACTORY RACING TEAMの独壇場かと思われたが、チームは一抹の不安を抱えていた。これもツインリンクもてぎの独特なコースレイアウトに因るものだが、ソフトコンパウンドのタイヤの方がYZF-R1のパフォーマンスを引き出しやすいということだった。
言い換えればヤマハYZF-R1は路面温度が低い方が有利だったわけだが、レース1当日は気温が18度にまで上がり路面温度は34度に達した。これで、ハードコンパウンドのタイヤでポテンシャルを発揮しているホンダCBR1000RR SP2のTeam HRC+高橋巧に勝機が傾き始めた。
だが、このツインリンクもてぎは奥が深い。MotoGPクラスではもちろんJSB1000クラスのような大排気量マシンでは、ブレーキに大きな負担がかかるコースとしても知られている。気温が上がり、ラップタイムがMotoGPクラス並みとなったことで、フロントブレーキへのリスクはレース前から容易に想像できた。
そこでTeam HRCはスターティンググリッドでフロントブレーキに修正を加え、YAMAHA FACTORY RACING TEAMも策を練った。だが、高橋巧のフロントブレーキは、レース終盤の90度コーナーで悲鳴を上げてラインを外してしまう。この瞬間、2人の戦いは決着するが、YAMAHA FACTORY RACING TEAMもギリギリの状態だったことは想像に難くない。
では、何がふたりの明暗を分けたのかと言えば、5シーズン目を迎えたYZF-R1を自分の身体の一部のように知り尽くした中須賀の感性と、2006年から続くチームとのコミュニケーションという名の阿吽の呼吸、そして全日本最多優勝回数と最多チャンピオン獲得回数という経験だったのかもしれない。