百戦錬磨のプロランナーに マラソン川内、唯一無二の新境地へ

所属契約に関する記者会見で決意を述べる川内優輝=3日、東京都内

 「最強の公務員ランナー」「市民ランナーの星」と呼ばれて活躍してきた陸上男子マラソンの川内優輝(32)が3月末に埼玉県庁を退職し、4月からプロランナーに転向した。あいおいニッセイ同和損害保険と所属契約を結び、スポーツ用品大手のアシックスジャパンと「アドバイザリースタッフ契約」も締結。積極果敢に国内外のレースに出場する独自のスタイルは変えず、今年中に残り8戦に迫るフルマラソン通算100戦出場を達成する見込みだ。「百戦錬磨のプロランナーと呼ばれたい。自分にしかできないオンリーワンのプロランナーになりたい」。前回覇者として臨む15日のボストン・マラソンがプロ初戦となる。(共同通信=田村崇仁)

 ▽全国行脚

 今月3日、東京都内で行われた所属契約の記者会見ではサプライズ演出があった。5月に婚姻届を出す元実業団選手の水口侑子さんが登場。フィアンセから「多くの人から愛されるランナーになれるよう応援します。今までできなかったことを思う存分やって、目標の達成と夢の実現を願っています」と温かいメッセージを送られると、照れくさそうに笑った。

 川内はプロとして所属先とともに競技普及や地域活性化を目指す「マラソンキャラバン」と題した全国行脚を展開する計画だ。大会に参戦し、講演会やランニング教室を行う計画を練る。「日本全国で応援してくれるファンの方やいろんな方々に生の走りを見せるということが、オンリーワンのプロランナーとしてやっていきたいことだった。公務員時代から地方創生、地域貢献の理念は一番共感できるところであり、それこそ私のプロランナーとしての夢の実現になる。これからどんなことができるのかという可能性にわくわくしている」と目を輝かせた。

アシックスジャパンと契約を結び、記者会見でガッツポーズをする川内優輝選手=2日、東京都内

 ▽「現状打破」

 「生涯現役」を目標に掲げる川内が一躍時の人になったのは2011年。普段は夜9時まで埼玉・春日部高の定時制で働く事務職員が2月の東京マラソンで日本勢3年ぶりの2時間8分台で実業団選手を抑えて3位に入り、低迷する男子マラソン界に衝撃を与えた。

 自ら「陸上界の落ちこぼれ」と評する異色のランナーは同年の世界選手権(大邱=韓国)に初出場し、団体の日本銀メダルに貢献。「実業団には絶対負けたくない」とユニークな個性で反骨心を隠さず、地道にレースを重ねて17年に3度目の世界選手権(ロンドン)に出場。この大会がプロ転向の転機になった。

 序盤に看板に激突するなどして転倒したが、終盤に「完全燃焼」で魂の猛追を見せ、世界選手権で自己最高の9位。最低限の目標だった8位入賞までわずか3秒足りなかった。「あの悔しさがプロ転向の理由。自分のモットーは『現状打破』なのに『現状維持』が続いていた。自己ベストも5年更新していない。現状打破のため決意した」

 ▽五輪より世界選手権

 9月に開催される東京五輪マラソン代表選考会「グランドチャンピオンシップ(MGC)」の出場権を獲得している。だが「暑さが苦手」と公言し、あくまで今秋にドーハで行われる世界選手権に照準を合わせるのが川内らしい。「ロンドンの時の3秒を、プロランナーとしてドーハでリベンジしたい」と意気込む。

 埼玉・春日部東高時代は故障がちで目立った実績を残せなかった。ただ当時から「市民マラソンで全国行脚したい」という夢を漠然と描いていた。学習院大では箱根駅伝に関東学連選抜で2度出場したものの、駅伝の強豪校に籍を置いたわけではない。これまで創意工夫を重ね、限られた時間と環境の中で数々の常識を覆してきたが、今後はプロとして競技に集中できる。

 「新たな環境でマラソンに打ち込めるのは楽しみで頭がいっぱい。今まで通り、いろんなレースに出て、地域の人に喜んでもらえるような本物の走りを見せていきたい」。思い描く目標は47都道府県制覇、世界全大陸制覇などいくらでもある。「走ることは人生そのもの」と語る唯一無二のランナーがどんな道を切り開くか。マラソン人生の第2章が幕を開けた。

ゴールする男子優勝の川内優輝=2018年4月、ボストン(AP=共同)

川内 優輝(かわうち・ゆうき)埼玉・春日部東高から学習院大へ進み、箱根駅伝に関東学連選抜で2度出場。マラソンでは11年東京で初めて2時間10分を切る2時間8分37秒で3位に入り、13年ソウル国際で自己最高の2時間8分14秒で4位。14年仁川アジア大会で銅メダルに輝いた。世界選手権は3度出場し、17年の9位が最高。昨年3月には2時間20分を切った回数として当時の78回がギネス世界記録に認定された。昨年4月のボストン・マラソンで日本勢31年ぶりの優勝。175センチ、62キロ。32歳。東京都出身。

© 一般社団法人共同通信社